石野純也のモバイル通信SE

第37回

グーグルがPixel 8で打ち出した「7年アップデート」の衝撃

グーグルは、Pixel 8/8 Proで7年アップデート保証を打ち出した。OSアップデートも、30年10月まで提供される

グーグルが「Pixel 8/8 Pro」の「7年アップデート」を打ち出したことに、衝撃が走った。アップデートには、セキュリティパッチを当てるためのセキュリティアップデートだけでなく、新機能を追加する「Feature Drop」や、Android OS自身のアップデートも含まれている。

グーグルのヘルプページを参照すると分かるが、Pixel 8/8 Proのアップデート保証期限は、2030年10月まで。同じく'23年に発売された「Pixel Fold」や「Pixel 7a」の'26年6月26日や'26年5月8日と比べると、4年も保証期間が長くなっている。

7年前といえばiPhone 7の時代

2023年に提供が開始され、Pixel 8/8 ProがプリインストールしているのはAndroid 14。例年通り、10月前後にアップデートが提供されるとすると、この2機種はAndroid 21(仮)までサポートされることになる。10の位が変わってしまうほどの長期サポートというわけだ。OSからチップセット、端末までを一貫して手がけているアップルと比べ、アップデートの期間が短めなのが課題だったAndroidだが、Pixel 8/8 Proはその差を一気に縮めるどころか逆転してしまった。

例えば、iOSを搭載した7年前の端末というと、「iPhone 7/7 Plus」がこれに該当する。'23年9月に提供が始まったiOS 17は、これら2モデルはサポートしていない。iOS 17をインストールできるもっとも古い端末は、'18年に発売された「iPhone XS/XS Max/XR」の3機種。'17年に登場した「iPhone X/8/8 Plus」の3機種も、アップデート対象モデルから外れている。iPhone 7/7 Plusがアップデート可能なのは、iOS 15までだ。

今から7年前に登場したスマホの一例。iPhoneでいえばiPhone 7/7 Plusが、それに当てはまる。さすがにアップルも、同モデルへのアップデートは打ち切っている

もっとも、その間、アップルはiPhone X/8/8 Plusから、チップセットに機械学習の処理を担うNeural Engineを採用しており、iPhone 7/7 Plusまでとの間には設計思想に大きな差がある。ここ数年、搭載される機能の多くがAI、機械学習を活用しているものが多いことを踏まえると、Neural Engine非搭載の機種へのアップデート提供が打ち切られるのは不自然ではない。

ただ、iOS 17はNeural Engineを初めて採用したiPhone X/8/8 Plusもアップデート対象から外れており、アップルと言えども5、6年がアップデートの限界になりつつある。だからこそ、アップデートが手薄な印象があったAndroidで、7年という期間を打ち出したのは衝撃的だった。

7年アップデートが適用されるPixel 8(左)とPixel 8 Pro。順調にバージョンアップが進めば、Android 21が搭載されることになる

Tensorを作るグーグルだからこその長期間アップデート

一般的なAndroidスマホと比べ、Pixelのアップデート期間が長い要因として挙げられるのは、グーグル自身が垂直統合的に端末を開発していることだ。HTCの端末開発事業を買収して開発が始ったPixelだが、'21年に登場した「Pixel 6/6 Pro」からは、チップセットもクアルコムの「Snapdragon」から自社設計の「Tensor」に切り替えている。

OSとチップセットの開発元が同じになれば、先々に必要となる性能を逆算して処理能力を定めたり、OSに実装する機能を決定することが可能になる。Android 21までは、Pixel 8/8 Proに搭載された「Tensor G3」で動くようにアップデートしていくというわけだ。

グーグルは、Pixel 6/6 Proでチップセットを自社設計に切り替えた。アップルと同様、垂直統合的な開発ができるようになった

こうした開発手法は、OS、チップセットを他社から調達している一般的なAndroidスマホメーカーが取りづらい。クアルコムなりメディアテックなりのチップセットがどのバージョンまでサポートするのかが分からないうえに、メーカー側の想定を超えたOSアップデートがかかってしまうリスクもあるからだ。スマホの成熟化に伴い、徐々にこうした問題は解消されつつある一方で、アップデート期間を完璧に保証できているメーカーはまだまだ少ない。

ただし、長期保証を重視するメーカーが、着実に増えているのも事実だ。

グローバルメーカーで代表的なのは、サムスン電子。同社は、'21年に発売された「Galaxy S21」シリーズ以降、フラッグシップモデルでは4世代分のOSバージョンアップと5年間のセキュリティアップデートを保証している。最新モデルの「Galaxy Z Flip/Fold 5」も、この規定が適用される。Pixel 8/8 Proの7年アップデートにはかなわないものの、Pixel FoldやPixel 7aレベルまでは長期保証をしているメーカーと言えるだろう。

サムスン電子は、端末の長期保証を重視しているメーカーの1社だ。写真は米サンフランシスコで開催された「Galaxy S23」シリーズの発表イベント。ここでも、5年のセキュリティアップデートが強調された

国内メーカーでは、シャープもアップデート保証を重視している印象が強い。フラッグシップモデルの「AQUOS R8/R8 pro」では、3回のOSバージョンアップと5年のセキュリティアップデートを公約。ミッドレンジモデルも10月に発表された「AQUOS sense8」でその期間を延ばし、フラッグシップモデルと同じ3回のOSアップデートと5年のセキュリティアップデートに対応した。メーカーの中には、こうした期限を公約していないところもあり、2社の取り組みは一歩進んでいる点が評価できる。

国内メーカーでは、シャープもアップデート保証を打ち出している。ミッドレンジモデルもAQUOS sense8で、3回のアップデートと5年のセキュリティアップデートに対応した

スマホの成熟とライフサイクルの長期化

アップデート保証期間が延びる背景には、スマホの成熟に伴うライフサイクルの長期化がある。内閣府が'23年3月に発表した『消費動向調査』によると、携帯電話の平均使用年数は4.4年。この数値はあくまで平均値のため、5年保証のアップデートでもギリギリと言えるだろう。平均を上回っていたり、型落ちモデルを購入していたりすると、最後の方はセキュリティアップデートすら提供されない事態も起こりうる。各社が打ち出すアップデート保証は、こうしたユーザーのニーズにこたえた側面がある。

内閣府が'23年3月に発表した『消費動向調査』によると、携帯電話の使用年数は4.4年に延びている

成熟化に伴い、以前ほどOSアップデートで機能がガラッと変わることも減り、アップデートを適用しやすくなっているのも保証を打ち出すメーカーが増えている要因だろう。実際、Android 14はカスタマイズの幅が広がっていたりプライバシー保護の機能が強化されていたりする一方で、画期的な新機能のようなものは見受けられない。Pixel 8/8 Proの新機能も、売りになっているのは同端末だけに実装された独自のもので、OSとは切り離されている。

逆に、こうした機能の一部はアップデートに追随しない可能性がある。Pixel 8/8 Proにも「編集マジック」や「ベストテイク」「音声消しゴムマジック」などが新たに搭載されたが、これらはいずれも、過去のモデルにどの程度まで適用されるか明言されていない。仮に実装されたとしても、処理能力の違いで時間がかかったり、精度が落ちる可能性も考えられる。iPhoneでも同様で、Neural Engineの性能を必要とする機能の一部は、過去のモデルが非対応になっている。

Pixel 8/8 Proに採用された集合写真の顔を入れ替えるベストテイク。現時点で、こうした機能の一部は過去のPixelで利用できない

アップデートの保証期間は伸びているが、そのぶん、過去のモデルで切り捨てられてしまう機能も増える可能性があるというわけだ。グーグルが7年アップデートを打ち出したのは、OSそのものではなく、その上で動く機能による差別化が進むことを象徴していると言えるだろう。裏を返せば、他メーカーもアップデート保証の期間が伸びていく可能性はある。Pixel 8/8 Proは、そのきっかけとなる1台になると言えそうだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya