石野純也のモバイル通信SE

第32回

スマホから“撤退しない”京セラの戦略 変化するニッチ市場

スマホ撤退では? 京セラが高耐久スマホ新製品

京セラは、通信機器事業本部の事業方針説明会を開催した

コンシューマー向けのスマホ、ケータイから撤退する予定の京セラ。8月3日には、これらの端末を手がける通信機器事業本部が、その方針を説明した。京セラは、事業のポートフォリオを組み替え、法人事業やソリューション事業を強化していく。それに合わせ、人員の配置も変換していく方針だ。

“撤退”の2文字だけが先行してしまった京セラだが、上記のように、スマホそのものの開発や製造を終了するわけではない。あくまで、コンシューマー向けの市場から身を引き、法人向けに特化するだけだ。実際、この説明会でも、高耐久スマホの「DuraForce EX」を発表しており、ドコモやソフトバンクから24年1月下旬以降に発売されることが明らかになった。

DuraForceは、元々北米向けの高耐久スマホブランドで、日本でも逆輸入版を取り扱ってきた。

これに対し、DuraForce EXは初めて日本向けに企画されたDuraForceブランドの端末。本体内部に予備のバッテリーを搭載しており、電源を落とさず、メインのバッテリーを交換できる。バーコード読み取り機能や2つのアプリにアクセスする専用ボタンを備えるなど、業務利用に特化。おサイフケータイに対応するなど、日本独自の仕様も満たしている。

高耐久モデルのDuraForce EX。北米で展開していたブランドだが、同モデルは日本市場に特化して企画された端末で、おサイフケータイにも対応する
北米でもDuraForceは法人向けモデルとして販売されている

KDDIは、DuraForce EXを販売しない見込みだが、代わりに発売されるのが高耐久モデルとして定評のあった「TORQUE」の最新モデルだ。具体的な日時は明かされなかったが、京セラの通信機器事業本部 クロスインダストリービジネスユニットの責任者を務める大内康史氏によると、詳細については、近くKDDIからの発表があるようだ。

法人とアウトドアの「共通点」

コンシューマー事業からの撤退を表明した京セラがTORQUEを継続して手掛けるのは、やや矛盾しているようにも見えるが、このモデルは少々特殊で、ユーザー層がはっきり2つに分かれているという。京セラの執行役員 通信事業本部 本部長の飯野晃氏は、「1つの大きな顧客基盤としてアウトドアのユーザーがいたが、もう1つの大きな基盤が法人だった」と語る。アウトドア志向の強い一般ユーザーと、業務利用のために壊れにくい端末を求めていた法人のニーズが合致していたと言えるだろう。

KDDIが取り扱うTORQUEは、開発を継続する

そのため、京セラではTORQUEを法人事業で手がける端末と位置付けているようだ。納入先はコンシューマーではなく、KDDIになるため、「そのTORQUEを個人に販売するかどうかは、KDDIの判断になる」(同)。何となくミリタリーショップで販売している「放出品(軍の払い下げ品)」をイメージしてしまったのは、TORQUEだからこそかもしれないが、あくまで主軸は法人事業にあるというわけだ。

京セラとしては、法人向けモデルという意味合いが強いとする飯野氏。納入先となるKDDIがコンシューマーに販売するのは、自由だという

京セラによると、Androidベースのフィーチャーフォンも、こうした形で個人に販売される可能性があるという。

実際、現時点でフィーチャーフォンを必要としているのは、一部の法人が数の上では多く、コンシューマーのニーズは限定的だ。コンシューマーに販売される端末の中でも、「法人向けが大半を占めているものは継続する」(同)というのが京セラの判断になる。

本当に撤退するもの。合理的な市場性判断

一方で、それ以外の端末に関しては、既報のとおり25年3月までに「お客様と相談しながら」(同)事業を終息させていく方針だ。具体例を挙げると、キッズケータイやシニア向けスマホなど、コンシューマーが中心になる端末からは手を引くことになる。現行モデルでは、ドコモの「キッズケータイ KY-41C」が京セラ製。20年から販売され続けているauの「BASIO4」や、ワイモバイルが23年に発売した「Android One S10」や「かんたんスマホ3」も撤退する事業に該当する。

ただ、このように具体的な端末を見ていくと、コンシューマー事業の撤退は、京セラにとって比較的、合理的な選択肢だったようにも思える。TORQUEやフィーチャーフォンのような数量を見込みやすい端末はコンシューマー向けにも残しつつ、それ以外の端末を終息させているからだ。

実際、京セラのメーカー別出荷台数シェアは、22年度通期で4.7%(MM総研調べ)。ここからフィーチャーフォンやキッズケータイを除くと、ベスト6からも漏れている。

MM総研が発表した22年度の通期メーカー別シェア。全携帯電話ではかろうじて6位につけているが、スマホではその他に含まれてしまった

Galaxyのサムスン、Xperiaのソニー、AQUOSのシャープといったように、そのメーカーの“顔”とも言えるブランドも十分育っていない。強いて言えばTORQUEがそれに当たるのかもしれないが、高耐久スマホという性質上、毎年のように新モデルを投入する必要性は低い。壊れないのが売りの端末なだけに、中身の成熟化が進めば進むほど、買い替えサイクルが延びてしまう可能性もある。

状況を1つ1つ具体的に見ていくと、コンシューマーに向けた端末からの撤退で、京セラのラインナップが大きく変わってしまうわけではないことが分かる。法人向けという体の玉虫色な解釈で、コンシューマーに販売するTORQUEやフィーチャーフォンを残すのも、これらの端末がきちんとビジネスとして成立しているからだろう。同じ5月に報じられたこともあり、いっしょくたにされがちだが、会社ごと破綻してしまったFCNTや、デジタル機器事業を丸ごと終息させたバルミューダとは、少々事情が異なることも分かる。

変化する“ニッチ”市場 京セラの「戦略的撤退」

「それでも、子ども向けやシニア向けの端末は結構手堅いのでは?」と思われる向きもあるだろう。ただ、そのニーズも年々スマホに奪われつつある。ドコモのモバイル社会研究所が2月に発表したレポートによると、21年には小学校1~6年でスマホの所有率がケータイを逆転。22年には、その差がさらに広がっている。

21年を境に、小学生のスマホとキッズケータイの所有率が逆転。スマホの割合は増え続けている。画像の出典はドコモのモバイル社会研究所

小学校4~6年の高学年になると、実に37%と、ケータイの倍以上まで所有率は上がる。未所有者の割合は大きく変わっていないため、キッズの世界でも、フィーチャーフォンがスマホにシェアを奪われていることが見て取れる。シニア向けも同様で、60代、70代とも、年々、らくらくホンのようなシニア向けスマホのシェアは低下。AndroidやiPhoneのシェアが増加している。ユーザー層に合わせ、キャリア仕様の端末を作り込んできた京セラのビジネスモデルが通用しづらくなってきていたと言えるだろう。

70代以上を見ても、シニア向けの端末が同様に減少している。汎用性の高いAndroidやiPhoneが伸びているのとは対照的だ

冒頭の話に戻ると、DuraForce EXをドコモやソフトバンクに納入できたのも、このようなシフトチェンジの成果と言える。大内氏も「KDDI以外のキャリアでは、残念ながら我々の(高耐久)端末を販売することができていなかったところに、改めてDuraForceを販売する形になる」と語る。コンシューマー市場からは半ば姿を消してしまうのは残念だが、いわばこれは戦略的撤退。そのぶん、法人分野での存在感は、高まっていく可能性もありそうだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya