石野純也のモバイル通信SE

第8回

KDDI大規模障害で動き出した「緊急時ローミング」

注目を集める「ローミング」ってなに?

KDDIの大規模通信障害を受け、事業者間ローミングの議論が再燃。総務省は9月にも検討会を開催する。画像は8月3日の金子恭之総務大臣の会見映像

KDDIの大規模通信障害を受け、緊急時の「ローミング」が注目を集めている。総務省は、8月3日、9月ごろに検討会を設置することを発表。年内をめどに、何らかの方向性を打ち出す方針だ。KDDIに加え、NTTやソフトバンクもローミングについては前向きな姿勢を示しており、通信事業者同士では意見が一致する可能性は高い。実現すれば、通信障害時はもちろん、災害時にもモバイルを使った通信手段が確保しやすくなりそうだ。

ローミングとは、異なる通信事業者のネットワークを介して電話やデータ通信を利用する仕組みを指す。メジャーなのは、海外渡航時に現地のキャリアに接続する「国際ローミング」だろう。国内では、楽天モバイルがローミングでKDDIのネットワークを借りている。国外、国内の違いはあるが、ユーザーが契約している事業者を変えずに、他の事業者のネットワークに接続することをこう呼ぶ。

ユーザーの認証や課金は、元々契約していたキャリアが担う。例えば、ドコモのユーザーが海外でローミングした場合、基地局は海外キャリアのものに接続するが、最終的な認証や課金はドコモが行なう。海外ローミング時にデータ通信を利用したことがある人は分かるかもしれないが、離れた国だと、遅延が非常に大きくなる。これも、ネット接続時に日本のキャリアの交換機を通っているためだ。そのため、国際ローミング時にはIPアドレスも日本のものになる。

国際ローミングを紹介するドコモのサイト。海外キャリアの基地局を経由し、ドコモにつながったうえでネットに接続していることが紹介されている

ローミングのメリットと課題

“通常のローミング”が有効なのは、主に大規模災害のときだろう。地震や津波、河川の氾濫などで被害を受けるのは、端末が直接通信をする基地局や、その通信をコアネットワーク側に運ぶための伝送路だからだ。このケースでは、生きている基地局を持つキャリアがローミングを引き受けることで、ユーザーの通信が復活する可能性は高い。

ただし、それぞれのキャリアの基地局やその裏側の装置は、平時を元にキャパシティが設計されている。一気に他キャリアのユーザーがつながると、輻輳(ふくそう)を起こす原因になりかねない。

これについては、NTTの代表取締役社長、島田明氏が8月8日に開催された決算説明会で危惧する見解を表明している。島田氏は、「大前提は輻輳を波及させないこと。ある会社の輻輳した状態がほかの会社にも波及すると、もっと重大な事故になってしまう」と語る。

島田氏のコメントは、通信障害時を念頭に置いたものだが、災害時のローミングにも同じことが当てはまる。KDDIの通信障害の引き金になった交換機側の輻輳はもちろんだが、モバイルネットワークの場合、無線の帯域にも限界がある。“平時”にある程度余裕を持った帯域設計ができていればいいが、必ずしもすべての地域がそうとは限らない。ローミングをした結果、受け入れ先のキャリアまで輻輳して被害が拡大してしまっては本末転倒。他社のユーザーぶんの容量をどう確保しておくかは、今後の課題と言える。

8月8日に開催されたNTTの決算説明会では、記者からローミングに関する質問が多数寄せられた。NTTの島田社長は、短時間かつ低コストで実現するため、コールバックなしのローミングを提案(写真提供:NTT)

これに対し、通信障害の場合、原因によっては“通常のローミング”では解決できないことも少なくない。今回のKDDIが起こした通信障害は、まさにそのケースだ。交換機や加入者データベースにトラブルが起こっていたため、いくら他社の基地局を使って通信の経路を迂回したとしても、最終的な認証が弾かれてしまった可能性がある。

コアネットワーク側に何らかの通信障害が発生した場合、そもそもとして通常のローミングができないおそれがあるというわけだ。これでは、対策としてあまり意味をなさない。

まずは「SIMなし緊急通報」議論か

そのために議論されようとしているのが、警察や消防への緊急通報のみをSIMカードなしの状態でも受け入れるという方法だ。他社のネットワークを使うという点で、これも一種のローミングではあるが、ユーザーの認証を行なうためのSIMカードがそもそもない状態での発信になるため、契約しているキャリアを経由する必要がなくなる。

iPhoneやAndroidでは、SIMカードがない状態でも緊急通報の発信ができる状態になる。これは、SIMなし緊急通報を受けいれている欧米の仕様に準拠しているためだ

実際、SIMなし緊急通報は、欧米では実現しており、iPhoneやAndroidといったスマホの端末にも標準で機能が実装されている。「現状では(SIMなしの)ローミングをするネットワーク構成にはなっていないため、当然改修が必要になる。今日話して明日できるわけではない」(島田氏)というものの、その他の方法に比べると、比較的スムーズに導入できる。

「呼び返しの議論(緊急呼のコールバックを実現すべきという意見)はあり、それを入れても構わないが、時間やコストがかかることになる。(中略)呼び返しのために(ネットワークを)拡張すると、網改造に付加的なお金がかかるので、どういうコスト負担をするのかとセット(の議論)になる。広がれば広がるほど議論が長引いてしまうので、まずは最低限のところからスタートした方がいいのではないか」

島田氏が語っているように、ここで課題になるのが呼び返し(コールバック)ができないことだ。現行の法令では、110や119の緊急通報をした際に、関係機関からのコールバックが必ずできることが必須の要件になっている。SIMなしの場合、当然、受け入れたキャリアからはどの電話番号で発信されたかが分からない。仮にSIMカードから電話番号だけは分かったとしても、折り返す際に通信障害発生中のキャリアを経由してしまえば、どのみち通話はできなくなる。SIMなし緊急通報を実現するには、コールバックの緩和が必須になるというわけだ。

総務省が17年に公開した資料。固定電話と異なり回線保留や自動呼び返しができないため、携帯電話では代替手段としてコールバックが活用されている

KDDIの代表取締役社長、高橋誠氏も「119の場合は(どうしても)呼び返しが必要ということはあるが、ここまでローミングで実現できるのか。呼び返しがない中でもローミングをしようという選択肢がある中で議論が進んでいくのではないか」と語る。

KDDIの高橋氏も、コールバックなしでのローミングの可能性に言及した

となれば、後は警察や消防に、緊急時のみコールバックなしの運用を認めてもらうしか方法はないだろう。この方法に関しては、技術的な課題というより、緊急通報を受ける側のオペレーションの問題が大きくなりそうだ。ただ、通信障害時に限定すれば、ネットワークをいち早く復旧することで、コールバックできない時間も最小限に抑えられる。ゼロイチの議論ではなく、コールバックができない一時的な状態をどう認めていくかが焦点になりそうだ。

110や119だけでパニックが収まるのか問題

一方で、ソフトバンクの代表取締役社長兼CEOの宮川潤一氏は、「110や119だけで世の中のパニックが収まるのかというと、これは残念ながらあまり機能しないと思っている」と語る。社会インフラに通信が組み込まれるなか、緊急通報を確保するだけでは不十分というのが宮川氏の考えだ。NTTの島田氏も、主に法人の分野で「バックアップをどうするのかという議論が始まっている」と語る。

ソフトバンクの宮川氏は、緊急通報のローミングだけでは不十分だと語り、持論を展開した

宮川氏が提案するのは、MVNOの仕組みを活用すること。例えば、平時からソフトバンクがドコモとKDDIのMVNOとしてネットワークをあらかじめ借りておき、「緊急事態になったときに切り替えが可能なeSIMを用意しておく」(宮川氏)。eSIMは、「電話と、300KbpsぐらいのWebで何が起こっているかが分かったり、LINEで最低限の通信を確保したりができる」ようなものを想定しているという。この方法なら、平時からあらかじめ帯域を確保しておけるため、緊急時にどこかのキャリアの負担が急増するといったことはなくなる。

とは言え、4キャリアがそれぞれのキャリアのMVNOになるとなれば、制度作りだけでなく、技術的な準備にも時間がかかりそうだ。コストをどう捻出するかも課題になる。また、現状では、eSIM非対応の端末がまだまだ多い。ユーザーの買い替えを伴うだけに、すんなり導入されるかは未知数と言えるだろう。

こうした点を踏まえると、いち早く通信障害の影響を緩和するには、やはりまず、SIMなし緊急通報の議論を優先する必要がありそうだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya