キャッシュレス百景
第16回
人口160人の男木島におけるキャッシュレス事情 by 西川伸一
2020年5月20日 08:20
はじめまして、西川と言います。4年前から、瀬戸内海に浮かぶ人口160名ほどの小島、男木島(おぎじま)で、妻と3人の子どもたち、2匹の犬と一緒に平和に暮らしています。
男木島に越してくる前はバンコクで、その前は東京狛江で生活していました。フリーランスとして、ウェブの開発を10年ほどやったのち、現在はHuman Madeというイギリスのウェブ開発会社で日本事業の統括をしています。
高松から40分。文明とのほどよい距離感が魅力の男木島
私たちが子育ての場、次の暮らしの場として選んだ男木島は、香川県高松の港からフェリー「めおん 2」で40分。赤と白の船体が、青い空と海をバックに進みますが、買い物や子供の習い事に出かけるときは、船内で仕事をしたり、ご近所さんと話をしたりしています。
離島でありながら、都市に出るのに時間がかからないという、文明とのほどよい距離感が男木島の魅力のひとつです。
男木島人口は住民票ベースでみると160名。その6割が高齢者で、4割が移住者とその子どもたちです。2010年から、3年に一度開催されているアートフェスティバル「瀬戸内国際芸術祭」の会場のひとつであり、その頃から移住者の社会増が伸びてはいるものの、高齢者の自然減のほうが速く、少しずつ人は減っていっています。
外周を歩くと1時間位の小さな島の、さらに小さな一画の山裾に、重なり合うように古民家が並ぶ様子が美しい島です。
島にある高松市立男木小中学校には、小学生が4名、中学生が2名通っていて(そのうち2人が西川家の子供たち)、20名の先生方にお世話になっています。1歳から6歳までの6名が通う保育所もあります。
男木島の学校は、休校していた時期がありました。島から子どもたちがいなくなり、高齢者だけのしずかで少し寂しい時を経験したこともあり、もともとオープンな気風だった島民は、移住者や子どもたちにとてもよくしてくれています。
超高齢化社会であり、リモートワーク、農業、観光業が中心になっており、日本社会の未来の姿に重なるところもあると思っています。
キャッシュレスというより決済レス? な男木島民
島民が男木島島内でお金を使うことは実はあまり多くありません。農協の小さな商店、飲み物の自動販売機、フェリーのチケット売り場、自治会費の回収くらいでしょうか。観光オフシーズンにはカフェやレストランも利用することがありますし、移住者が営む美容室は若者にもお年寄りにも人気ですが、本当にそれくらいかもしれません。お金を使うことができる場所が少ないのです。
島民がお金を使うのは、高松での買い出しやレジャーが中心です。移住者を中心にAmazonや生協などの通販の利用も活発です。島内だけでお金が回るという環境ではないので、お金はマチで使うもの、という意識があります。
金融機関としては、男木島郵便局にATMが1台あります。漁業を営む方々は、漁業組合にも口座が持てるようですが、若い世代は利用しておらず詳細はあまり分かりません。
それから、特筆すべきこととしては、島内では何らかの用事(換気扇を付け替えてあげる、スマホの使い方を教える、何かをネットで調べてあげる)を頼まれてしてあげると、その代わりに野菜や魚をもらうことがあります。サービスとモノを交換している感じです。お年寄りどうしでも、物々交換の様子を見かけます。それも、等価の交換というよりも、日常のコミュニケーションの中に組み込まれた持ちつ持たれつ、といった様相です。
ECなど、ネットを通じたお金のやりとりは、若者世代は活用していますが、高齢者には縁遠いものになっています。
キャッシュレスを使うのは主に観光客
一方、観光で島にいらっしゃる方々は、カフェ、レストラン、宿、バーなどでお金を使います。リサーチをしてみたところ、クレジットカードやキャッシュレスに対応しているお店は2つあり、その他のお店では現金のみでした。町並み、点在するアート作品、美しい灯台を目当てに来る観光客の中には海外からのお客さんも多く、少し不便かもしれません。
クレジットカード決済に対応しているのは、カフェ、イノシシ漁師、小麦農家、お菓子屋さんなどを営む「ダモンテ商会」。お話を聞いてみたところ、海外からの観光客を中心にクレジットカードは喜ばれているようです。他の島々で現金のみで苦労したお客さんには好評とも聞きました。
ダモンテ商会にスマホ決済を導入しないのか聞いてみたのですが、「クレジットカードほど普遍性がない」「(キャッシュバック還元のような)キャンペーン展開が好みではない」「スマートフォンでの会計はうちのお店にはあまりそぐわない」という感想でした。現金での支払い税込み500円刻みにしているのでやりとりも楽なため、工数が削減できるというメリットもさほどないようです。
ちなみに、ダモンテ商会と西川家は友達で、DIYを手伝ってもらったり、WordPressやECの話をしたり、島生まれの子どもたちが同級生だったりしているのですが、パン、お菓子、コーヒー豆、チャイなどを買うときはすべてツケでやっています。1万円札をお渡ししておいて計算はお任せしており「まだ大丈夫そうです?」と聞いて「そろそろかな」と言われたらまた、1万円札を渡しています。ある意味究極のキャッシュレスといえるかもしれません。
もう1つのキャッシュレスに対応している「ゆくる」は、古民家をリノベーションしたゲストハウス・カフェ。こちらはリクルートの「Airレジ」を導入しており、クレジットカードはもちろんのこと交通系ICやQUICPay、PayPayなどのコード決済にも対応しています。
ゆくるにも話を聞いてみました。キャッシュレスの利用率は季節によって異なり、普段は10%程度ですが観光シーズンは30%近くまで高まります。また、キャッシュレス支払いは98%近くが観光客とのことでした。島内には金融機関やATMがないため、手持ちの現金が減らなくて嬉しい、と喜んでいたそうです。
東京と高松を移動する西川のキャッシュレス事情
西川家の状況はというと、東京への出張が多い私は、クレジットカードとSuicaの決済がメインです。東京ではこの2つがあれば現金がほとんどいらないので、他に増やす必要は感じていません。
高松では、PayPayが強く、特にタクシーでの利用が便利そうです。クレジットカードは対応していないけれどPayPayのポップが後部座席にぶら下がっているのです。また、高松市内の個人商店でも利用が可能なところが多く、設定しようしようと思いながら、とはいえ、月に2回くらい「あー、PayPayあったら便利かも」と思うだけなので、まだ何もしていないというところです。
都会で暮らしていない、また、地域の経済もないという私たちにとっては、
- ときどき島内で現金を使う 1%
- ECやサブスクリプションなどネット経由 60%
- 高松などで買い物をする 10%
- 保険・年金・税金 19%
といった肌感覚です。ですので、私にとってのキャッシュレスの決済というのは、東京などの大きな都市では便利なツール、その一部さえ必要に応じて利用できれば満足、という位置づけだと思います。
都市生活より現金を使わない「決済レス」の誇らしさ
キャッシュレスが便利なのは、少なくとも今のところ、都市生活なのではないかと、改めて気がつきました。また、男木島に限れば、キャッシュレスというよりは「決済レス」とでも言うべき場面が多いことに、なんとも誇らしい気もちになりました。
今後、商売をしている方々は、やってくる観光客の様子を見ながら対応を進めていくのかもしれません。ただ、島内経済という意味では、これまで通りに進んでいくのでしょうし、そんな関係性をどう守っていけるのかは今後興味があるところです。