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「デザイン思考」を“体験”する。問題理解のためのワークショップ

日本でも注目されている「デザイン思考」。共感、定義、アイデア、プロトタイプ、テストといったプロセスを通して、ユーザーを深く理解し、新しいプロダクトのアイデアを生み出す“考え方”だ。

しかし、この説明で「わかった!」という人は、ほとんどいないはず。「デザイン思考」とはなにか? どのようにして実践すべきか? その考え方と実践方法をまとめた『実践 スタンフォード式 デザイン思考』(インプレス刊)著者のジャスパー・ウ氏によるデザイン思考ワークショップが、11月17日(日)に開催された。

同書では、全章にわたり、デザイン思考を実践していただくためのノウハウを紹介。思考の流れを整理し、アイデアを視覚化する、著者オリジナルの「ツールキット」も掲載し、ツールキットを用いながらデザイン思考の流れを体験する構成になっている。

ワークショップは4名ひと組のチームに分かれ、本の内容と同様にツールキットを用いてデザイン思考を体験。開始前から参加者に話しかけて和やかな雰囲気をつくるジャスパーさん。かんたんなアクティビティとチームの自己紹介からワークショップはスタートした。

ファシリテーターのジャスパー・ウさん

最小限のリソースで実験を繰り返すのがデザイン思考

デザイン思考は、共感(Empathize)、定義(Define)、アイデア(Ideate)、プロトタイプ(Prototype)、テスト(Test)といった5つのプロセスを行ったり来たりしながら進めることで、人々の本当の問題をあぶり出し、解決策を見いだす、問題解決のための考え方である。

デザイン思考の5つのプロセス

5つのプロセスを簡単に見ていこう。

「共感」は、解決しようとする問題にかかわる人々について、インタビューなどを通して深く理解し、本当にその人がペインポイント(苦痛・不便・不満を感じるポイント)を感じるのはどこなのかを探るプロセスだ。

「定義」はインタビューで集めた情報をもとに、解くべき問題を決めるプロセス。たとえば最近はデータサイエンスが発達し、「これが下がったから売上が下がった」という分析はさまざまな企業で行われているが、その数字の裏にある「なぜ?」を探るのが定義のプロセスといえる。

それを多様なバックグラウンドをもつメンバーで構成されたチームで解決策を導き出すのが「アイデア」のプロセスであり、そこから試作品を手早くつくり上げ、ユーザーにテストしてもらうのが「プロトタイプ」と「テスト」である。

しかし、現実には問題は段階別に分かれてはおらず、複雑に絡み合っているものだ。デザイン思考では、本当の問題が見えなくなったら共感プロセスに戻ったり、ユーザーの反応がよくなければプロトタイプのプロセスに戻ったりする。人間の感情といった不確実であいまいなものを扱う中で確実性の高い選択をし続けていくのが、「人間中心」を掲げるデザイン思考の大きな特徴だ。

また、最小限のリソースというのもポイントとなる。通常のビジネスでは、「これはもうかるのか」から始まり、「これはつくれるのか」といったプロセスを経て、サービスをローンチして顧客のフィードバックを得るやり方が多いが、デザイン思考では、このプロセスを初期の頃にすべてやってしまう。短いサイクルですべてのプロセスを回すことで、ユーザーからのフィードバックが得やすくなり、さらに失敗したときのリスクも抑えられるというわけだ。「イノベーションとは実験の積み重ね」とジャスパーさんはいう。

真の共感は難しい

5つのプロセスの中でも特に印象的だったのは、「共感」プロセスは重要かつ非常に難しい、ということだ。なぜならたとえば訪れたことのない国で起きている問題をデザイン思考で解決しようとしても、そこに暮らす人々の気持ちは想像することしかできず、「本当の意味で人の気持ちを理解することはできない」からだ。それを解決するために、たとえば現地のことをよく知っている人をチームに入れて問題解決を試みたり、IT企業においてはUXリサーチャーなどを採用し、エンドユーザーと共感することをはじめているという。

共感→定義のプロセスを体験

続いて実践に移る。ジャスパーさんが提示した課題の中から「社会とのつながり」か「未来の交通機関」についてチームごとに取り組むことになった。まず、「誰のためにこの問題を解決(デザイン)するのか」をはっきりさせるために、ターゲットとなるユーザーと関連するユーザーを記した「アクターズマップ」と呼ばれる相関図を大きな紙に15分で書き出していく。たとえば、「社会とのつながり」を選び、ターゲットユーザーを「新卒の社会人」としたら、関連するユーザーは「同僚」や「家族」といった具合だ。

アクターズマップをつくる

次に、先ほどと同じ大きな紙を使って「エンパシーマップ」をつくる。アクターズマップから特に注目したい関係性を取り出して、その関係性において、ターゲットユーザーは何を考え(think)、何を言うか(say)、何をするか(do)、何を感じる(feel)のかを15分でふせんに書き出していく。ふせんに書き出すことで、メンバーが何を考えているかを可視化して共有することができる。

エンパシーマップをつくる

そして、エンパシーマップの中の「考える」「感じる」項目にあるインサイト(洞察)を深堀りし、何が本当の問題になるのか仮説を立てる。書籍収載のツールキットを使い、まずは一人で「ユーザーは〇〇が必要だ。なぜなら〇〇だからだ」という着眼点(Point of view、以下POV)を書いていく。

5分後、一人でまとめたものを隣の人と1分ずつ共有する。その後、チームで共有して3つのPOVを選ぶ。実はこれは自分のアイデアを安心して発表し合えるための「ワン(1)、ツー(2)、フォー(4)、オール(all)」というファシリテーションスキルの一つだという。

さらに、「どうすればできるのか(How might we、以下HMW)」を3つつくる。1つのPOVに対し、3つのHMWでもいいし、POV1つにつきHMW1つでもよい。最終的に3つのHMWができればOKだ。ここでのポイントは、「問題に対する解決策を出す必要はない」ということだ。たとえば、「未来の交通機関」に取り組むチームは、ターゲットユーザーを幼い子どもをもつ母親とし、「子どもと遊んでいる間に買い物を済ませることはできないか」というHMWをつくった。

3つ選んだHMWだが、次のブレインストーミングに移る上で、さらに1つをピックアップする。選ぶ基準は問題によって異なるが、今回はワークショップのため、「実現可能性が高いもの」という基準で選んだ。

チームで「どうすればできるのか」を考える

ブレインストーミング(10分)

解くべき課題が決まったら、アイデア出しのブレインストーミングに移る。ここでのルールは主に7つ。

(1)一度に発言するのは一人だけ
(2)質より量
(3)アイデアを広げよう
(4)大胆なアイデアを歓迎しよう
(5)可視化する
(6)トピックに集中する
(7)ジャッジしない

このルールにのっとり、チームでおもしろいアイデアを大量に出していく。アイデアが出た後は、一人3枚のふせんを使って、やってみたいアイデアに投票をし、最終的に各チーム1つのアイデアに収束した。

大量に出たアイデア

プロトタイプ(10分)

次のプロトタイプは「デザイン思考で一番エキサイティングなプロセスです」とジャスパーさん。色画用紙、はさみ、のりなどを使って、選んだアイデアを2Dや3Dで可視化する。時間は10分と短いが、だからこそ短距離走のように集中して手を動かす様子が見られた。

立体的なプロトタイプも

プレゼンテーション(1チーム2分半)

時間になり、「皆さんは今日100分で解決策を導き出すことができました。まずは、自分たちをたたえて拍手しましょう」とジャスパーさん。最後は自分たちのアイデアを発表する時間だ。発表されたアイデアは以下の通り。

  • 回転すし型のショッピングモール
  • いまの気持ちに合った人とつながることができるSNS
  • ホームセンターでのオンライン講義
  • 地方都市におけるシェアリングサービスクラウド
  • 地域の情報が入ってくる買い物サイト
  • 高齢者の旅行をサポートするアプリ

今回は高齢者をターゲットユーザーとしているチームが多かったにもかかわらず、チームの回答もかぶることなく、ジャスパーさんも「皆さん、いますぐスタートアップを起業すべきですね」と驚きの声を上げた。

プレゼンテーションで発表したアイデア

デザイン思考の肝「振り返り」(10分)

ワークショップの最後は、「Recap」と呼ばれる「振り返り」を行った。実は振り返りはデザイン思考の中でも非常に重要なプロセスだ。この体験から「何を学んだのか」を共有し合い、お互いにフィードバックを得るのが目的だ。

「今日体験して興味深かったこと」について参加者からは「プロトタイプをつくるのが楽しかった」「仕事ではターゲットと解決策ばかり考えてしまうが、その間の共感や、どうすればできるのか、を考えることができてよかった」「100分でこれだけのアイデアが出てくるデザイン思考はやはりパワフルだと感じた」などの声が挙がった。

「明日の仕事からやってみたいこと」では、「教える立場なので、身近なテーマで共感するワークをやってみたい」「仕事ではないが、共働きなので家事の分担についてどうやったら妻と共感できるのか試したい」といった意見も出た。

「皆さん、今日はありがとうございました。最後のアクティビティーです。みんなでもう一度たたえ合いましょう」とジャスパーさん。全員で大きな拍手をして、ワークショップは終了した。

デザイン思考は何よりも自分で体験することで身に付いていくものだ。ジャスパーさんの個人プロジェクト「クリエイティブ増し増し」では、デザイン思考やデザインスプリントのワークショップを行っているので、興味がある人はぜひチェックしてみてほしい。

ジャスパー・ウ(Jasper Wu)

スタンフォード大学による「d.school」でデザイン思考を学び、デザイン思考のワークショップファシリテーターとしてキャリアをスタート。

Samsung Strategy and Innovation Centerでデザインエンジニアとして活躍し、株式会社メルカリを経てU-NEXTに入社。2019年10月より CXO(Chief Experience Officer)を務める。
またプライベートでは「増し増し.inc」を立ち上げ、""Unlock your creativity""をテーマにデザインワークショップやトレーニングなどを行う。
クリエイティブ増し増し
http://www.creativemashimashi.com/

text:渡辺彩子
photo:赤井摩耶、渡辺彩子

実践 スタンフォード式 デザイン思考 世界一クリエイティブな問題解決
・ジャスパー・ウ 著/見崎大悟 監修
・定価:本体1,600円+税
目次
第1章:なぜデザイン思考が必要なのか?
第2章:デザイン思考をやってみよう
第3章:ツールキットを使ってみよう
第4章:チームを活性化させるファシリテーション
第5章:デザイン思考のいまと未来|@@