ニュース

15年前の「H-IIAロケット」に15mまで接近 商用デブリ除去で複数の世界初

JAXAは26日、衛星を使った軌道上サービスを開発するアストロスケールと共同で、アストロスケールの商業デブリ除去実証(CRD2)フェーズIの成果報告会を行なった。2009年に打ち上げられ、現在はスペースデブリ(宇宙ゴミ)となった「H-IIAロケット15号機」の上段部分に最短15mまで接近するなど、複数の世界初となる試みを行なっている。

商業デブリ除去実証(CRD2)は、JAXAが民間事業者の事業化を後押しする取り組み。これまでJAXAは衛星の要求仕様を衛星開発企業に委託し、その衛星を使ってJAXAがミッションを行なってきたが、CRD2ではJAXAが民間企業とパートナーシップ型契約を結び、企業が衛星を開発して運用する。

JAXAは企業にサービスの仕様や衛星などの開発に必要な技術アドバイス、試験設備の供与などを行なうほか、企業側には目標達成段階毎に報酬も支払う。

スペースデブリ除去はなぜ必要か

スペースデブリとは、過去に打上げられたロケットや衛星、それらの部品などが地球の軌道にさまよっているもの。それぞれのデブリの速度は時速数万kmとも言われ、運用中の衛星などに衝突すれば、故障や最悪の場合破壊の原因となりえる。

大型のデブリなら事前に位置を把握して回避することも可能だが、時として大型デブリ同士が衝突し、大量のmm~cm級のデブリが発生してしまう。小型のスペースデブリは発見が非常に難しく、現時点では現実的な対処法はないという。

こうした事態を防ぐには、事前に大型デブリを除去することが最も有効だとし、JAXAが取り組んでいるのが、民間企業による商用デブリ除去の取り組みになる。

今回成果報告が行なわれたフェーズIは、2024年2月にスペースデブリ除去衛星の試験機として打上げられた「ADRAS-J」によるもの。ADRAS-Jは、非協力ターゲットへのランデブや近傍制御、映像の取得などをミッションとして、全てのミッションで成功を収めた。

ADRAS-Jの模型

非協力ターゲットとは、破棄された衛星などのように、位置を知らせる機能や通信機能、ドッキングシステムなどを持たない物体のこと。協力ターゲットとは国際宇宙ステーション(ISS)など、お互いの位置などを確認可能で、ドッキングシステムも備えているようなものを差す。

非協力ターゲットは、正確な位置も分からずどのような姿勢でさまよっているかも実際に近づいてみないと分からない。状況が分からなければスペースデブリとしての処理も行なえない。ADRAS-Jは、実際にスペースデブリに接近し、回収のために必要なミッションが可能かどうかを探るための衛星になる。

15年前の「H-IIAロケット」に15mまで接近

ADRAS-Jが実行したのは、デブリへの接近、対象デブリの定点観測、対象デブリの周回観測、そしてミッションを終了して速やかに現場から離れることの4段階。ターゲットは約15年前に打上げられた「H-IIAロケット」の上段部分になる。ミッションは2024年2月22日にデブリへの接近を開始し、同12月6日に離脱するまで続いた。

H-IIAロケット上段部分の模型

ADRAS-Jはまず、ターゲットに対して「螺旋」を描きながら接近する。これは直線移動で接近すると、途中でADRAS-Jが制御不能になった場合、デブリに直進して衝突してしまい、新たなデブリが発生するリスクを減らすため。螺旋を描きながら接近すれば、途中で故障が発生しても進行方向が逸れ、デブリに衝突する可能性は低い。

ある程度デブリに接近すると「定点観測」として、ADRAS-Jはデブリとの相対位置を維持しながら、その様子を観察する。次は周回観測サービスで、デブリの周りを360度まわりながらその様子を全周から観察する。

また、これらの制御は自律的なナビゲーションシステムによって行なわれ、デブリの動きを予測しながら自らの姿勢を制御する。デブリとの接近時に異常があると判断すれば、自律的にアボート(衝突回避)して、初期位置に戻ってリトライをするという。実際にそうした機動は何度も行なわれたが、正確な軌道で初期位置に戻り、ミッションは順調に進んでいる。

これまでの経緯。何度かアボートを繰り返しながらミッションを成功させている
アボートの流れ

こうした接近から周回観測までの運用は「フルレンジ非協力ランデブ・近傍運用(RPO)」技術と呼ばれ、非常に高度な運用能力が必要で、将来の軌道上サービスの提供に応用が可能な技術とされている。実際のデブリを目標として実現したのは世界でも初めて。

ただしJAXAによると世界初というのは「公開されている情報のなかでは」という注意書きが付くという。特に軍事利用を前提に行なわれている実験などはその成果も報告されないため、あくまで公開情報を見る限りは世界初だという。

これまで似たような技術実証では、打上げられたロケットから分離した衛星が、打上げたロケットの周りを飛行するような近傍運用はあったが、全く別のデブリに向かって接近し、その周りを周回するような運用は報告されていない。

さらに世界初の試みとして、2024年11月30日にデブリまで15mの近距離まで近づくことに成功したことも成果の一つ。これは実際にデブリをデブリ除去衛星を使って軌道を変える際にも必要な動作とされていて、デブリである「H-IIAロケット」の先端部分に最接近したもの。先端部分には打ち上げ時に搭載していた小型衛星のアタッチメントなどが残されているが、この部分が最も頑丈な部位であることから、デブリ除去衛星がデブリを除去する際にはこの部位を起点にして作業を行なうことが考えられている。

デブリとなった「H-IIAロケット」の状態は?

JAXAは、デブリとなった「H-IIAロケット」の状態についても報告した。H-IIAロケットの上段部分は、15年以上にわたり真空中で紫外線や激しい熱環境、放射線、原子状酵素などに晒されていたが、今回観測された画像からは、著しい形状変化は無く、回転するなどの激しい姿勢の変化もなく、最終接近には比較的有利な姿勢であったという。

表面の断熱素材は当初のオレンジ色から変色が見られ、白色塗装の部分も茶色く変色しているが、打ち上げ時に存在していた銀色のテープが現在でも残ったままであることが確認できる。

宇宙のロードサービスを実現する

アストロスケールでは、スペースデブリ回収事業だけでなく、軌道上サービスとしてさまざまなサービスを展開する計画で、スペースデブリ除去はそのうちの一つ。地上での物流やインフラのバリューチェーンは、研究開発から販売、利用などの後、アフターサービスも含まれているが、宇宙業界ではこれまでアフターサービスがなく「使い捨て」が前提だった。

宇宙業界でのアフターサービスを目指しビジネスモデルを作るのが同社のミッションとしており、デブリの除去のほか、衛星の寿命延長や燃料補給、故障機や物体の観測・点検などの軌道上サービスを想定。安全保障分野への展開も選択肢の一つとしている。

アストロスケール代表取締役社長の加藤英毅氏は、「今回の実証により初期のサービスモデルを体験できた。これは宇宙のロードサービスの幕開けになる」とコメントし、将来はクルマのロードサービスのように、軌道上に待機しながら必要に応じてサービスを提供できるようなサービスにしたいという。

今後は、2027年にCRD2フェーズ2の実施を予定しており、実際にスペースデブリの除去を行なう予定。2030年には軌道上サービスを展開することを目指す。