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「Copilot+ PC」とはなにか マイクロソフトが狙うUX変化とWindowsの再設計

マイクロソフトのサティア・ナデラCEO

「30年前、(マイクロソフト本社内の)同じ場所でWindows 95の話をしました。そして今、AIの新時代について話すためにここにいます」

マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、壇上からそう語りかけた。

5月20日午前(アメリカ太平洋時間)、マイクロソフト本社では世界中から記者を集めてイベントを開催した。目的は、オンデバイスAI前提のWindows 11搭載PCである「Copilot+ PC」と、その対応デバイスを発表するためだ。

発表会の主役は新ブランドである「Copilot+ PC」

速報はすでに掲載しているが、発表会で語られた内容について改めてお伝えする。なお、同時に発表された新「Surface Pro」「Surface Laptop」については、担当者へのインタビューも含め、別途記事の掲載を予定している。

オンデバイスAIで再設計されるWindows 11

「新しいユニバーサル・インターフェースについて考えてみましょう。それはテキスト・画像・ビデオ・音声をサポートする『マルチモーダル』なものであり、重要なコンテクスト(文脈理解)を保持し、アプリケーションやデバイスなどのすべてにわたって、個人的な知識やデータを記憶しているでしょう」

ナデラCEOはイベントをそんな言葉からスタートした。

これがなにを示しているかは明らかだろう。

現在のAI技術はマルチモーダル化し、これまでのやり取りも記憶するようになっている。

その結果として、一方的にテキストのプロンプトを投げかける形だった初期のAIチャットボットから、より「PCのユーザーインターフェースとしてふさわしい機能」を持ったものへとシフトしていく、ということだ。

マルチモーダルなCopilotという意味では、現在のクラウドベースのCopilotにも、先日発表されたばかりの「GPT-4o」を使ったバージョンも近日中に公開される。

OpenAIとのコラボレーションももちろん健在

だがここでマイクロソフトが言及したいのは、「PCで質問できる生成AI」のことではなく、「生成AIで機能・操作性を大きく変えていく」ことだ。

これまでAIは、賢さを競うためにクラウド上でスケールさせていくことが重要だった。今後もそれは続くだろう。

しかし個人が使うPC上のインターフェースでAIの力をフルに使うには、クラウドから「エッジ(ネットを使わないデバイス内で完結する動作)」への分散が必須になり、そのための新しいPCカテゴリーが定義された……ということなのだ。

その新しいカテゴリーが「Copilot+ PC」である。

デバイス内での生成AI動作を想定した「Copilot+ PC」カテゴリーを新設

Windows PCでは昨年より「AI PC」という呼称が使われているが、これとCopilot+ PCはイコールではない。

AI PCは画像認識や音声ノイズ除去といった、比較的低い性能でもオンデバイスで実装できるAI処理を中心としたものであり、本格的な生成AIなどはクラウドで処理されていた。Copilot+ PCでもWindows上のAI機能ブランドである「Copilot」の名称が使われているが、クラウド処理が中心だった従来のCopilot機能とは趣が異なる。

OSの上に追加アプリのように搭載される機能ではなく、オンデバイスでAIを動かす「Windows Copilot Runtime」というレイヤーができて、それをOSやアプリが活かしていくという形になっていく、というイメージに近い。マイクロソフトはこれを「Rearchitected Windows 11」(再設計されたWindows 11)と呼んでいる。

Copilot+ PCで動くWindows 11には「Windows Copilot Runtime」というレイヤーができて、これをプロセッサー内のNPUで動かす
OSに生成AIのレイヤーを組み込んでいくため、マイクロソフトは「Rearchitected Windows 11」(再設計されたWindows 11)と呼んでいる

Windows 11上での新機能についてはこの後解説するが、Windows Copilot Runtimeはアプリケーション開発者も活用可能なものになる。OSに組み込まれた機能の1つとして開発者が利用可能になることで、オンデバイスAIを使ったアプリの増加と、それによるPCの価値向上を目指しているわけだ。

5月21日からスタートする「Build 2024」の主役は開発者。ここでCopilot+ PCが発表されたのも、単にWindowsの新施策であるだけでなく、開発者を巻き込んだ「新しいWindows上のエコシステム」になっていくことを狙ってのものである。

「Build 2024」は5月21日(すなわち発表翌日)からスタートする

OSがAIで快適に 「あれなんだっけ」をカバーする「Recall」機能

では、Copilot+ PCでは具体的になにができるのか?

いままでどおり、Copilotを呼び出して使うことはできる。ただそれにとどまらず、OSの利用を快適にする機能を加えていくことが重要だ。

例えばファイルからCopilotを呼び出し、メニューから簡単に「背景を消す」「同じような画像を作る」といった機能も呼び出せるようになっているし、前述のようにGTP-4oと連携し、「音声で、今進行中のゲームについてアドバイスを聞く」といったこともできる。

ファイルを選ぶと、そのファイルで使うことが想定されるCopilotを使った機能がメニュー内に出てくる
ゲームについては、進行中のゲームのヒントを声で訊ねる、といったことも可能に

送られてきたメッセージを要約してもらうのも便利だろうし、自分で描いた絵をベースとして、生成AIがさらに加工してくれる「Cocreator」機能も便利だろう。Xboxプラットフォームとしての連携として、声で「次にどこへ行けばいいの?」といった質問も可能になる。

生成AIが得意な「要約」も
自分の絵を生成AIに仕上げてもらう「Cocreator」

だがそれ以上に大きく、わかりやすい機能は「Recall」だ。

Copilot+ PCの目玉となるのが「Recall」

Recallは簡単にいえば「この間のあれ、どこにやったっけ」という質問を投げて、その情報やファイルを見つけられるようにするものだ。

Recallが有効になったCopilot+ PCでは、作業している裏で画面のスクリーンショットを撮る。そして、そこからNPUが「画面に映っている内容」を把握して内容のインデックスを作り、作業内容や映っている情報などへアクセス可能な履歴を作成する。

PC内でスクリーンショットを作り、それをNPUによって内容を把握してインデックスを作る
「Recall」デモビデオ

あとは、テキストとして探したい情報を入力すれば見つかる。「Aという案件に関する文書」のようなカッチリした内容である必要はなく、「赤い自動車」のような情報でいい。AIは画像から内容を把握するから、その情報が画面上に文字で示されている必要はない。文章による検索だけでなく、日時を遡る形で情報を見つけ出すこともできて、かなり便利そうだ。

Recallの実機デモ。「赤い車」というキーワードで、過去に行った「赤い車を描いた作業」を呼び出すこともできる

日付を遡る形でファイルの使用履歴が出てくるという機能は、過去にWindowsが「タイムライン」という名前で実装していた。単にファイルが出てくるだけではイマイチ使いづらかったためか、タイムライン機能は実装が停止され、利用できなくなっている。Recallは同じような発想を「オンデバイスAIの時代に蘇らせたもの」というイメージを受ける。

時間をさかのぼって作業に関する記憶を辿るという意味では、「タイムライン」機能のリバイバルというイメージも

こうしたインデックスは背後で作られるため、利用者が意識する必要はない。記憶しておける期間はデータ量で決まり、OS側の設定を変えれば自分で調整できる。説明員の話によれば、「25GBで3ヶ月分くらい」とのことだ。

インデックス化は自由に止めることもできるし、消すこともできる。NPUを使いデバイス内で処理されるので、クラウドにインデックスなどのデータがアップロードされることもない。情報がマイクロソフトによってAIの学習に使われることもない。

現状、Recallを含む機能がNPU搭載PC以外でも使えるかどうか、詳細は定かでなない。しかし少なくともこれから、Recallを含むオンデバイスAIを使う機能が「Windows 11の基本的な要素の1つ」になっていくのは間違いない。

AI PCとCopilot+ PCは異なる存在 NPU性能がより重要に

オンデバイスでAIを活用するにはよりパフォーマンスの高いPCが必要になる。

前述のように、昨年より「AI PC」としてAIが実行可能な性能のプロセッサーを備えたPCの存在がアピールされてきたが、GPUの演算速度を除外すると、生成AIが必要とするパフォーマンスを満たしていたわけではない。

今回マイクロソフトは、Copilot+ PCでオンデバイスAI動作に必要なパフォーマンスを「40TOPS(Tera Operations Per Second)以上のNPUを搭載」と定めている。さらに、メインメモリーは16GB(DDR5またはLPDDR5)以上、ストレージは256GB以上のSSDとした。

メモリーとストレージについては、今の水準で言えば「低くはないが無理な値でもない」感じである一方、NPUの性能要求については高めと言っていい。

Copilot+ PCでは16GBのメモリーと256GBのSSD、さらに40TOPS以上の性能を持つNPUを内蔵したプロセッサーが必須

先日発表されたアップルの「iPad Pro」に搭載された「M4」は、AI用のNPU(Neural Engine)の処理性能が「38TOPS」だとされている。

40TOPSを超えるNPUを搭載したWindows PC用プロセッサーは過去になく、これから市場に出てくことになる。

Copilot+ PC向けのプロセッサーとしてはインテル・AMD・クアルコムの3社が供給を表明しており、発表会にも3社のトップが揃ってビデオメッセージを寄せた。

インテルのパット・ゲルシンガーにクアルコムのクリスティアーノ・アモン、AMDのリサ・スーと、プロセッサー3社のCEOが揃い踏み

だが、今日の段階で条件を満たすプロセッサーはクアルコムの「Snapdragon Xシリーズ」だけである。インテルやAMDの対応プロセッサーを搭載した製品は後日の発表となる。

今日の段階で条件を満たすプロセッサーは「Snapdragon Xシリーズ」だけ

そのため、マイクロソフトの新Surfaceシリーズをはじめ、今日壇上で発表されたCopilot+ PCは、すべてがSnapdragon X PlusもしくはSnapdragon X Eliteを採用した製品となっている。

マイクロソフトの新SurfaceシリーズはどれもSnapdragon Xシリーズを搭載

マイクロソフトは以前よりARM版Windowsの採用を推進していたし、SurfaceでもSnapdragonの改良版を搭載してきた。しかし今回は完全に「x86よりもARM」を優先し、強くアピールした。

Windowsはx86が主流のアーキテクチャであり、ARM版Windows 11を使うのはこれまでリスクが存在した。x86版のアプリケーションをARMで動かすための互換レイヤーはあったものの、動作速度が落ちる可能性があり、さらに、互換性も100%というわけではなかったからだ。今も互換性の問題が存在すること自体に変化はなく、ARM版Windows 11が動作する製品を選ぶリスクとなっている。

しかし今回マイクロソフトは、アドビを含め多くのソフトウエアベンダーに「ARMネイティブ」なアプリの開発を促し、さらに、「Prism」と呼ばれる新しい互換レイヤーも用意した。新しいSurface上でPrismを使ってx86版アプリケーションを使った場合、Surface Pro 9のARM版でアプリケーションを動かすのに比べ、倍の速度で動作するという。

パフォーマンスを上げた「Prism」という互換レイヤーの力で、x86版アプリ動作時のパフォーマンスをアップ

Appleシリコン版Macを意識、PCがAIで新しい競争の時代に

今回の発表では、Windows 11のオンデバイスAI機能が、「Snapdragon XシリーズをはじめとしたNPU搭載プロセッサー採用PCで活用される」ことがフォーカスされていた。

互換レイヤーであるPrismはSurface以外でも同じように実装されると思われるが、パフォーマンス向上の度合いについては、Snapdragon Xシリーズの採用による性能向上の影響も大きいと考えられる。だから、その点は留意されたい。

しかし、マイクロソフトとしてはQualcomm Snapdragon Xシリーズでも「プロダクティビティ向けのPC」であれば大半の用途で問題はなく、むしろオンデバイスAI搭載PCとしては快適である……と主張したいのだろう。

Snapdragon Xシリーズを採用したCopilot+ PCは、マイクロソフトの「Surface」だけでなく、ACER・ASUS・DELL・HP・Lenovo・Samsungからも発売になる。会場には各社のCopilot+ PCが並び、この変化がWindows PC業界全体を巻き込んだ大きなものである、というアピールが行なわれた。

ACER・ASUS・DELL・HP・Lenovo・SamsungといったPCメーカーからも製品が出ることをアピール。Surfaceと同時の発表となるのは珍しい

一方で、マイクロソフトのエグゼクティブ・バイスプレジデント兼コンシューマー・チーフ・マーケティングオフィサーであるユスフ・メディ氏は、「今後12カ月以内に5,000万台のPCがCopilot+ PCになる」と予測する。ここでプロセッサーのアーキテクチャ自体は限定されていない、という点に留意が必要だ。

5,000万台のPCがCopilot+ PCへ移行するとマイクロソフトは予測

Copilot+ PCはSnapdragon Xシリーズからのスタートとなるものの、決して同製品を採用したものだけの話をしているわけではない。

だが、今回同じARMベースのプロセッサーである「Appleシリコン」を搭載したMacBook Airを意識したプレゼンテーションが行なわれたことからも、「ARMベースのプロセッサーによる価値向上」が1つの目標であったことは想像できる。

ライバルとしてはアップルのMacBook Airを意識した説明が目立った

詳細はSurfaceに関する記事で述べるが、マイクロソフト自体が「Appleシリコンを採用したMacBook Air」を1つのベンチマークとし、モードを切り替えつつ製品開発に取り組んだ、というのは事実であるようだ。当然、消費電力やパフォーマンスに関する競争で、インテルやAMDが黙っているはずはない。

そういう意味では、Windows PCにおいて新しい競争の時代が、オンデバイスAI搭載PCとともにやってきた……という話でもあるのだ。