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「加賀市版ライドシェア」スタート Uber初の自治体サービス

3月12日の14時から「加賀市版ライドシェア」がスタート

Uber Japanと石川県加賀市は3月12日に包括連携協定に調印し、同日より「加賀市版ライドシェア」の本格運行を開始したことを発表した。同サービスは昨今議論が進んでいる「(日本版)ライドシェア」の一形態として、加賀市観光交流機構が運行主体となり、Uberがアプリを提供、タクシー会社の加賀第一交通が運行管理を行なう三者協力体制の下で実施されるもので、Uber Japanとしては始めて自治体との共同で提供する「自家用有償旅客運送(自治体ライドシェア)」となる。

参加ドライバーによる実証実験は2月26日から実施されており、今回、国土交通省の認可を得たことで有償サービス提供が可能になり、本格運行となった。

地域住民の足としての「加賀市版ライドシェア」

今回開始される「加賀市版ライドシェア」は、加賀市観光交流機構が運行主体となって提供される自治体ライドシェアで、既存のタクシーと併存する形で運用される。運行区域と時間が定められており、午前7時から午後7時までの12時間は加賀市内の主要観光地および住宅地が対象となり、午後7時から午後11時までは加賀市全域に展開される。ライドシェア運賃は“南加賀交通圏”の営業圏で運行されるタクシー運賃の最大8割となっており、Uberアプリを介しての予約や配車が可能となる。

加賀第一交通によれば、募集開始から70名以上の応募があり、運行開始の3月12日時点で同社による先行と研修を通過した加賀市在住の普通免許保持者の14名が在籍している。残りの応募者についても先行と研修を終えた順に稼働を開始していく予定で、順次拡充されていく。

ライドシェアで用いられるのは各ドライバーの所有する自家用車で、売上に応じて7割が報酬として支払われる。ドライバーは基本的に“隙間時間”の活動を想定した兼業のメンバーで構成されており、前述の営業時間帯から参加したいタイミングを好きに選び、飲酒チェックと点呼の後に営業を開始する。

自家用車を活用(写真提供Uber)

記者会見で挨拶を行なった加賀市長の宮本陸氏は「地方共通の課題だが、(タクシーのような)2次交通が非常に不足しているという問題があり、加賀市においても移動手段の確保が難しく、夜に飲酒しても1時間以上待たないと移動手段が得られないような状況にある」と、ライドシェア実現に向けた背景について説明する。

特に3月16日には北陸新幹線の延伸により、金沢から敦賀までの区間に新幹線が走るようになり、1,300年以上の歴史を誇る加賀温泉郷への観光客増加が見込まれている。観光客増に対し、移動手段が満足にできないことは来訪者の不満につながり、特に“裾野”の広い観光産業にとってマイナスイメージの拡大は看過できる状況にはなく、電車やバスに加え、2次交通としての「ライドシェア」により問題を解決していこうというのがその趣旨となる。

包括連携協定に調印する加賀市長の宮本陸氏(左)とUber Japan代表の山中志郎氏(右)

Uber Japanとの提携を選んだ理由の1つとして宮本氏が挙げているのが、世界900都市、9,300万人以上のユーザーを抱え、世界的に過半数近いシェアをもって世界中に通用するサービスという点だ。その実績に加え、加賀市内で現状稼働している旅館やホテルの送迎用マイクロバスは昼間の時間帯は使われない状態で眠っていたり、あるいは福祉や医療関係で稼働している車両についても効率的な運用が行なわれていない。移動手段が多様化する中でそうした部分をUberの技術で最適化していくことも視野にあるようだ。

北陸新幹線延伸もあり、観光客主体ととらわれる部分もあるが、まずは夜間帯にタクシーがほとんど稼働しておらず、需要に対して圧倒的に供給が不足している地域住民の足を拡充して利便性を向上させつつ、観光客増加による需要を供給の拡充で対応していくのが狙いと宮本市長は加える。

また、1月1日に発生した能登半島地震により、加賀市内に現時点で避難している住民が1,000名以上おり、そうした拠点を失った人の足としての活用も考えていきたいというのが加賀市側の意向だ。

地域住民の足の確保が主目的の自治体ライドシェアの目的の1つ

2種類ある日本版の“ライドシェア”

ライドシェアの定義は国や地域によってまちまちであり、今回スタートする自治体ライドシェアが属する「日本版ライドシェア」についても、いわゆる“ガラパゴス”と揶揄されるような日本独自の用語の“すり替え”のようなものとは異なると考えた方がいい。

実際、Uber自身が世界展開にあたって「ライドシェア」「ライドシェアまたはタクシー配車の併用」「パートナー経由でサービスを提供」という形で主に3種類の形態でサービスを提供している。ライドシェアの基本的な考え方は「アプリを使って運送サービスを利用する」というのが正しいかもしれない。

Uberが世界展開している地域とサービスメニュー

日本の場合、ライドシェア導入議論が活発化したのはここ1-2年ほどの話だが、2種免許や営業形態など、段階的に既存の規制が緩和されるまでの間はタクシーによる地域輸送が主体であり、Uber Japan自身もまた“タクシー配車”を基準にした「Uber Taxi」のサービスを展開しており、2018年の淡路島を皮切りに、少しずつ営業範囲を拡大し続けてきた歴史がある。

Uber Taxiの国内展開の歴史

そして今回の「自治体ライドシェア」だが、単純に“ライドシェア”という名称で呼ばれているものの、日本国内では実質的に2つのパターンでの“ライドシェア”が今年4月以降展開されることになる。

おそらく多くの方が想像する“ライドシェア”はそのうちの片方で、主に都市圏を中心に提供される道路運送法第78条3号に基づく「自家用車活用事業(タクシー会社によるライドシェア)」と呼ばれるもの。運行主体はタクシー会社で、普通免許のドライバーが自家用車を用いて運送サービスを提供するという点では今回の自治体ライドシェアと同様だが、従業員数や車両数に限界のあるタクシー会社の業務を補完し、昨今顕在化している「タクシーがなかなか捕まらない」問題の一助とすることを目的にしている。

一方の自治体ライドシェアは自治体やNPOが運行主体となるもので、先ほどの宮本氏の説明でも触れていたように、“ライドシェア”解禁より前から医療機関や福祉施設での送迎など、“足”が不足している地域交通を補助することを目的として、もともと認可されていたものの延長にある。

これは2023年12月の時点で国土交通省の省令改正の形で先行して規制緩和が行なわれたもので、それまで送迎にかかわる報酬が地域のタクシー運賃の「最大5割」までとされていたものが、「最大8割」まで引き上げられた。

「加賀市版ライドシェア」の説明にある「タクシー運賃の8割」というのはこの規制緩和からきたもので、タクシーではない地域での運送業務をビジネスとして成立させやすくなったことを意味する。

2種類ある“ライドシェア”

実際に自治体ライドシェアを実現するドライバーだが、加賀市の山代温泉で「手打ちそば 加賀上杉」を経営している石川智規・葵氏のご夫婦が、今回の応募に至った経緯を説明している。

同店は温泉街の中心に位置する人気店だが、週5日の営業日のうち、開店時間は午前11時半から午後3時までのランチタイムのみとなっている。そばの仕込みで早朝から稼働を開始して、夕方に一段落つくわけだが、残りの夜の時間、つまり午後7時以降のタクシーが極端に減る時間にドライバーとして活動できればという考えがあったという。加賀市でライドシェアのドライバー募集を開始したのは2月中旬だが、この歴史ある温泉街では1月1日の能登半島地震以降、旅行客のキャンセルが相次ぎ、両氏が営む温泉街の店舗も売上が大きく下がる問題に直面した。

「地震以降、空いた時間を有効活用しつつ、何か地域貢献できないか」と考えた結果のドライバー募集への夫婦揃っての応募だったようだ。もっとも、北陸新幹線で沸く温泉街は3月後半以降は一気に観光客の増加が見込まれるわけで、「隙間時間でドライバーをするはずが、かえって忙しくなるかもしれない」(石川智規氏)という状況が見込まれつつある。

「加賀市版ライドシェア」でドライバーを勤める石川智規・葵氏の夫婦

利用者視点での「加賀市版ライドシェア」

このようにして3月12日からスタートした「加賀市版ライドシェア」だが、おそらく移動の中心となるのは「山代温泉」「山中温泉」「片山津温泉」の3つの温泉街のアクセス駅となる加賀温泉駅だ。

従来まで、この温泉街は地理的関係や「サンダーバード」などの特急でのアクセスのしやすさなどから、どちらかといえば関西方面からの訪問客が多かった。しかし北陸新幹線の延伸以降はサンダーバードは大阪方面からは敦賀駅でストップし、いちど新幹線に乗り換える必要が出てくる。そのため、新幹線でノンストップで移動できる関東方面からの客が増え、その割合が逆転することが見込まれており、当面のアピールも北陸新幹線を絡めた同地域へのプロモーションが中心になると考えられる。

関係者が集合しての加賀温泉駅前での団体ショット。左から“レディー加賀”の甘池英子氏、Uber Japan代表の山中志郎氏、加賀市長の宮本陸氏、加賀市観光交流機構 代表理事の東野哲郎氏、国土交通省 北陸信越運輸局 次長の小椋康裕氏

実際に観光客が加賀温泉駅を訪問して「加賀市版ライドシェア」を利用するためには、Uberアプリを活用する。日本におけるタクシーや海外旅行などでUberを使っているユーザーであれば、そのまま既存のUberアプリが利用できる。加賀市で同アプリを利用した場合、すでにサービスとして提供されている「タクシー配車」のメニュー以外に、「加賀ライドシェア」が新たに加わる形となる。

加賀温泉駅は開業を前に急ピッチで工事が進んでいるものの、駅前広場はまだ整備中の段階であり、駅前のピックアップ場所は駅の南西部方向にあるタクシー乗り場を越えて、さらに奥にある一般自動車用の乗り場を利用することになる。Uberの立て看板が出ているが、駅前で「加賀ライドシェア」を利用しようとすると、この場所にマーカーが出現してそこ以外は選択できないため、改札を出て少しだけ移動する必要がある。

レディー加賀の甘池氏が実際にUberで「加賀市版ライドシェア」を呼び出すデモンストレーション
加賀市でUberを開くと、メニューに「加賀ライドシェア」が追加される
駅前のピックアップポイントはタクシー乗り場の少し先にある一般自動車乗り場だけが選択できる
加賀温泉駅前の「加賀市版ライドシェア」のピックアップポイント。駅ならびに周辺広場がまだ工事中であり、少し移動する必要がある