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東急田園都市線、カードでタッチ乗車を30日開始 首都圏の課題と狙い

左がデジタルチケットサービス「Q SKIP」対応の改札

東急電鉄は、8月30日から「クレジットカードのタッチ機能」と「QRコード」を活用した乗車サービスの実証実験を田園都市線全駅で開始する。首都圏の大手鉄道会社でカードのタッチ乗車に対応するのは東急が初だが、今回の実証実験はカードのタッチ決済“だけ”では乗車できず、事前に「企画乗車券」をオンラインで購入した後で、カードのタッチやQRコードで乗車する形となる。

30日から実証実験はスタートするが、PASMOやSuica、あるいは他の地域で展開しているクレカのタッチ決済乗車のように、カードをかざしてすぐに乗車できる形ではない点は注意したい。東急電鉄は、なぜ事前に購入して、タッチもしくはQRで乗車という仕組みを採用したのか? そこには首都圏の大手鉄道会社ならではの理由と狙いがある。

「事前購入」してタッチ or コードで乗車

今回の実証実験は、スマートフォン1つで場所を選ばず、さまざまな乗車券を購入し、クレジットカードのタッチ機能やQRコードで乗車できる環境を構築するもの。ただし、乗車にはタッチ機能対応クレジットカードだけでなく、事前のチケット購入が必要で、乗車券は「田園都市線・世田谷線 ワンデーパス」(680円)などが用意される。

乗車券は、30日にオープンするデジタルチケットサービス「Q SKIP」の販売サイト上でカードを使用し、乗車前に購入する。入出場時は、「タッチ機能に対応したクレジットカード」もしくは「スマートフォンに表示されるQRコード」を対象改札機の読取部にかざすことで、券売機や窓口を利用できる。そのため、初回利用時にQ SKIPの会員登録が必要となる。

カードのタッチ決済で乗車
QRコードで乗車

30日からQ SKIPで販売される企画乗車券は、「田園都市線・世田谷線 ワンデーパス」(680円)や「田園都市線・世田谷線・東急バス ワンデーパス」(1,000円)、世田谷線一日乗り放題の「世田谷線散策きっぷ」(380円)など。タッチ決済やQRコードのリーダーが設置されているのは30日時点では田園都市線だけで、世田谷線や東急バスにおいては乗員に提示して乗車する形となる。

カードの決済対象ブランドは、Visa、Mastercard、JCB、American Express、Dinners Club、Discover。ただし、Mastercardの場合、タッチ対応したクレジットカードでの乗車はできない。

カードはタッチ機能がついたデビットカードやプリペイドカードにも対応。ただし、Apple PayやGoogle Payなどのモバイルウォレットに登録したカードには対応せず、物理カード(プラスチックカード)をかざして乗車する。スマートフォンで乗車する場合は、QRコードをかざす形だ。

田園都市線では、各駅に1台以上のタッチ機能/QRコード対応改札を用意しており、ホワイトの意匠で統一。Q SKIP対応の改札がすぐに判別できるようになっている。

田園都市線渋谷駅
Q SKIP対応の改札

改札の通過時間は、カードが0.2秒程度、QRが0.25秒程度で通過はスムーズ。PASMOやSuicaなどに比べれば少し遅くは感じるものの実用上の問題はなさそうだ。なお、Q SKIP対応の改札は通常のPASMO等のICカードリーダーも兼用となっている。

東急田園都市線 カードのタッチ機能で改札通過
東急田園都市線 QRコードで改札通過

QRコードは1分ごとにリフレッシュされるため、スクリーンショットなどを使った不正乗車はできない。また、カードで乗車し、QRで改札を出るといった使い方も可能(その逆も可)。

QRコードは1分ごとにリフレッシュ
QRコードで乗車

気になるのは、他の鉄道会社への接続だが、現時点では対応していない。例えば、田園都市線から直通している表参道(東京メトロ)まで乗り過ごした場合は、駅員にQRコード等を提示の上、精算して改札を出ることとなる。今回の実証実験開始にあたり、連絡する各社には情報を共有しており、基本的には窓口で精算する必要がある。

後述するが、今回「事前購入」の仕組みを採用したのは、サービス提供範囲を東急圏内に限定するためだ。企画乗車券での対応とすることで、基本的に東急エリアだけでのサービスとして展開する。他の鉄道会社との連携などは、東急全駅にタッチ機能/QRコード改札が導入される2024年度以降の実施に向けて検討をすすめるとしている。

東急限定でスタートする理由 後払い型は24年度以降に

福岡市営地下鉄や江ノ島電鉄などで実現されている「タッチ決済乗車」は、タッチ決済対応のカードもしくはスマートフォンをかざすと、カードに運賃が請求されて「後払い」する仕組み。シンプルで、(前払いだが)Suica/PASMOなどの利用形態とも近く、普段それらを使っている人にとってはわかりやすい。

一方、今回の実証実験は「事前購入型」で東急のサービス範囲に限定されている。少しわかりにくくも感じるが、ここには首都圏の鉄道事業者ならではの事情がある。

東急電鉄をはじめ、首都圏の大手鉄道事業者は、ほとんど「相互直通運転」を行なっており、東急田園都市線は、東京メトロ半蔵門線に接続し、さらにその先で東武伊勢崎線に接続している。こうした複数の鉄道事業者を横断した運用は、制度面、サービス面、設備面などで多くの課題があり、相当の時間も必要だ。すぐには導入できるものではない。

そこで今回の実証実験では、サービス提供範囲を限定できる「企画乗車券」を軸に展開。まずは、東急沿線の利用者のための企画乗車券からスタートし、後払いの乗車サービスは「'24年春以降」の実施を目指す。

東急電鉄では、2023年冬以降に「Q SKIP」において東急ワンデーパスなどの企画乗車券を拡充。東急沿線のお出かけ施設や東急グループ施設と乗車券を連携させたサービスを展開する。さらに、2024年度には、有料座席指定サービス「Q SEAT」の座席指定券などを販売する。

カードのタッチ機能とQRコードに対応した改札機の整備は、2024年度内に東急全線に拡大予定。'23年冬には東横線、目黒線、大井町線、池上線、東急多摩川線の各駅と、東急新横浜線 新綱島駅に導入、'24年春にはこどもの国線各駅、'24年度内に東急新横浜線新横浜駅に導入する。なお、世田谷線は'24年春に車両または改札窓口にタッチ機能/QRコード対応のリーダーを設置する。

2024年度までに全線でのタッチ/QR乗車サービスを実現し、その先に後払い型サービスの導入や、相互直通運転でのネットワーク各社との連携を検討していく。

他社との相互直通運転については、「首都圏はネットワークが縦横無尽に広がっている。東急はそれを推進してきた部分もある。お客様が他社に乗り入れた、あるいは他社から来たお客様が問題なく使えるようにするには、制度面、サービス面、設備面で連携できるようにしないといけない」と説明。実証実験により課題抽出を進めながら、他社との連携を模索していく。

新乗車サービスで沿線活性化

東急電鉄が今回の実証実験で狙うのは、東急沿線のあらゆる人に向けた多様な鉄道サービスの実現だ。コロナ禍以降、「都市への通勤・通学」対応だけではない、移動需要や新たなライフスタイルが生まれつつある。そうした中で、街と連携した商品展開が可能なサービスとして、新乗車サービスを位置づける。

田園都市線から導入する理由も、渋谷をはじめ、お出かけ施設や東急グループ施設が多いこと、またワンデーパスの利用が多いことなどから決定。一日乗り放題の「世田谷線散策きっぷ」が人気の世田谷線とあわせて、企画乗車券の使い勝手向上を図りながら、街の魅力を向上していく。

コロナ禍以降、少し近場の知らない街を散策する「マイクロツーリズム」が定着しており、こうしたニーズとともに街の回遊や沿線施設の開拓などを図っていく。また移動データや滞在時間などのデータも取得できるようになることから、今後様々な施策を検討していくという。例えば、時間限定の乗車券や沿線施設と連携した乗車券などを想定しているという。

なお、カードのタッチ決済乗車は、VisaやStera transitを推進する三井住友カードなどが、「インバウンド対応」をアピールして国内に導入してきた。しかし、今回の東急の実証実験は「沿線需要」を重視しており、Q SKIPのサイトも多言語対応は行なわない。インバウンド対応は、'24年春の後払いサービスなど以降に強化していく想定だ。

今回の実証実験においては、企画乗車券の利用動向を注視していく。現在、企画乗車券の発行枚数は年間約20万枚だが、これをデジタル化により伸ばすとともに、沿線の活性化や域内移動需要の創出を目指す。