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東京・上野に古今の恐竜画が一挙に集合! 上野の森美術館「恐竜図鑑」

上野の森美術館で開催されている特別展「恐竜図鑑」

上野の森美術館で、特別展「恐竜図鑑 失われた世界の想像/創造」が、5月31日から7月22日の期間で開催されている。

同展のキャッチコピー「ようこそ、恐竜絵画(パレオアート)の世界へ」にあるように、多くの骨格標本が並ぶ一般的な恐竜展とは異なり、パレオアート(古生物絵画)を通して恐竜を振り返るという展覧会。

企画担当・兵庫県立美術館学芸員の岡本弘毅(こうき)さんは、美術館で恐竜展を企画した意図を次のように語った。

「恐竜の展覧会と言うと、博物館でやるものであり、あまり美術館とは結びつかないと思います。今回の展覧会は、生態復元図、つまり恐竜や太古に生きた爬虫類がどういう姿だったのか、どんな風に動いていたのかなどを、想像を使いながら絵に描いたものを集めました。恐竜が科学的な視点で見られるようになってから200年の間に、恐竜のイメージがどんな風に変わったのか、その時々の生物学的な知識の変遷を見ていこうというものです」

兵庫県立美術館学芸員の岡本弘毅さん

この200年の間には、新たな化石が続々と発見され、または研究技術が進化してきた。そんな中で恐竜のイメージは徐々に変わってきているのだ。その好例が、展覧会のプロローグとして展示されているイグアナドン。恐竜研究の初期には、四足歩行をしていたと考えられていた。それが上体を直立させ、尾を引きずりながら二足歩行していたと変わっていく。さらに現在では、上体を水平にして二足歩行をしていたと考えられている。

この展覧会では、古今のパレオアートが約150点も展示されている。その魅力的な展示内容を見てみよう。

特別展の入口
イグアナドンのイメージの変遷

会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
会期:5月31日(水)~7月22日(土)※会期中無休
開館時間:10:00~17:00(土日祝は9:30~17:00)
観覧料:一般2,300円、大学・専門学校生1,600円、高・中・小学生1,000円

思わず「ナニコレ!?」と叫びたくなる、珍恐竜が並ぶ第1章

特別展「恐竜図鑑」は4つの章に分けられている。その第1章「恐竜誕生 黎明期の奇妙な怪物たち」では、人類が恐竜を“発見”して間もない、19世紀に描かれた作品群が展開されている。現在考えられている恐竜の姿とは、大きく異なることが分かる。

まず展示会場の入口に大きく掲げられているのが、ロバート・ファレンの描いた《ジュラ紀の海の生き物 ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》。

ロバート・ファレンの《ジュラ紀の海の生き物 ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》 1850年頃/ケンブリッジ大学セジウィック地球科学博物館

同作品は、古生物の生態を復元した史上初の絵画の一つと言われる、地質学者ヘンリー・デ・ラ・ビーチ(1796年〜1855年)が、1830年に描いた作品をもとに描かれたもの。

ヘンリー・デ・ラ・ビーチの幼馴染に古生物学者のメアリー・アニング(1799年〜1847年)がいる。彼女はイングランド南部のドーセット州で、化石を発掘し、家計を支えるために販売していた。そうした化石をもとに、太古のドーセット近海の生態を想像して、ヘンリー・デ・ラ・ビーチが描いたのが、下の絵だ。

ヘンリー・デ・ラ・ビーチ《ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》1830年/カーディフ国立博物館

構図の中央では、海洋爬虫類のイクチオサウルスがプレシオサウルスの首に食いついている様子が描かれ、空には翼竜のプテロダクティルスが飛び交っている。なおイクチオサウルスを1811年に、プレシオサウルスを1821年に発見し、プテロダクティルスを、イギリスで初めて発掘したのもアニングだ。

メアリー・アニングと愛犬の「トレイ」

ヘンリー・デ・ラ・ビーチから、もう少し時代のくだった1877年の作品、ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ《ジュラ紀の生き物一 ヨーロッパ》を見てみると、三日月が浮かぶ夕焼けの空の下で、イグアナドンがメガロサウルスに襲われている。その一頭を犠牲にして、イグアナドンのほかの仲間たちが画面左側へ逃げだしているほか、中央で起こっている様子をじっと眺める様々な古生物が、囲むように描かれている。

同じくホーキンズの《白亜紀の生き物一 ニュージャージー》は、ドリプトサウルス (ラエラブス)に襲われるハドロサウルスが描かれている。画面左側では、襲われているハドロサウルスが、お姉さん座りをしながら「いやぁ〜ん」と言っているような姿。少し右側には、ダンスをするように戦う2頭の恐竜が描かれている。

ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ《ジュラ紀の生き物一 ヨーロッパ》1877年/プリンストン大学地球科学部、ギョー・ホール
ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ《白亜紀の生き物一 ニュージャージー》1877年/プリンストン大学地球科学部、ギョー・ホール

「19世紀後半になると、急に恐竜がリアルに描かれるようになる」と、前述の岡本さんは語る。どうしてなのかを、次のように続けた。

「1878年にベルギーのベルニサール炭鉱から、イグアノドンの全身の化石が発掘されたんです。その化石を研究することで様々なことが分かりました。四足歩行ではなく、二足歩行していただろうということ。また初期に想像されていたイグアノドンの鼻先には、ツノが描かれていましたよね。それが実は、前脚の親指の骨だったと分かったのも、この時です」

同炭鉱で発掘されたイグアノドンの全身骨格が復元されている様子が、レオン・ベッケルによって描かれた《1882年、ナッサウ宮殿の聖ゲオルギウス礼拝堂で行われたベルニサール最初のイグアノドンの復元》だ。

レオン・ベッケル《1882年、ナッサウ宮殿の聖ゲオルギウス礼拝堂で行われたベルニサール最初のイグアノドンの復元》1884年/ベルギー王立自然史博物館

ベルニサール炭鉱での大発見の後も、欧米を中心に化石の発見が相次いだ。特にアメリカでは「化石戦争(Bone Wars)」と呼ばれるほど熾烈な発掘競争が、古生物学者のエドワード・ドリンカー・コープとオスニエル・チャールズ・マーシュとの間で勃発。今でも人気の、トリケラトプスやステゴサウルス、ディプロドクスなどが発見されたのも、この時期だ。当然、恐竜の研究も進んでいき、パレオアートにも大きな影響を与えていく。

懐かしい恐竜図が見られる第2章

後年に「化石戦争」と呼ばれるほど活発化した、恐竜化石の発掘ラッシュ。そんな19世紀末から20世紀中盤にかけて注目されたのが、アメリカで活躍したチャールズ・R・ナイトと、20世紀中盤から後半にかけてチェコスロバキア(現チェコ共和国)で活動したズデニェク・ブリアンの2人。

「あれ? この絵はどこかで見たことがあな」と、懐かしく感じる絵が展示されているのも、彼らの作品が、日本の図鑑などにも模写され、恐竜イメージの普及に大きな影響を与えたためだ。かつてページをめくってワクワクした、恐竜図鑑に描かれた恐竜画のオリジナルが、観られるのだ。

例えばチャールズ・R・ナイト(1874年〜1953年)の《ドリプトサウルス(飛び跳ねるラエラプス)》や《ステゴサウルス》などを見れば、現在の40~50代であれば、子供の頃の恐竜への思いが蘇るだろう。

チャールズ・R・ナイト《ドリプトサウルス(飛び跳ねるラエラプス)》1897年/アメリカ自然史博物館
チャールズ・R・ナイト《アガタウマス・スフェノケルス(モノクロニウス)》1897年/アメリカ自然史博物館
チャールズ・R・ナイト《ステゴサウルス》1901年/アメリカ自然史博物館
チャールズ・R・ナイトの十数点が展示されている

そしてズデニェク・ブリアンの作品もずらりと展示されている。もしかすると懐かしいと感じる作品が多いからかもしれないが、チャールズ・R・ナイトとともに、格段に恐竜を含む古生物の実在感が増しているように感じる。

ズデニェク・ブリアンの《トリケラトプス・プロルスス》や《プテラノドン・インゲンス(海上の群れ)》などが並ぶ
ズデニェク・ブリアン《アントロデムス・バレンスとステゴサウルス・ステノプス》1950年/ドヴール・クラーロヴェー動物園
ズデニェク・ブリアン《アパトサウルス・ エクセルスス》1950年/ドヴール・クラーロヴェー動物園
ズデニェク・プリアン《コンプソグナトゥス・ ロンギペスとアーケオプテリクス・リトグラフィカ》1950年/ドヴールクラーロヴェー動物園

日本での恐竜文化の変遷が見られる第3章

19世紀に欧米で成立した恐竜のイメージは、19世紀の末には日本にも移入された。そして古生物学者・横山又次郎(1860年〜1942年)によって「恐竜」という訳語が作られて以来、科学雑誌や子供向けの漫画、コナン・ドイルの『失われた世界』(1912年)といった古典SFの翻訳など、恐竜を主題にした出版物が広く刊行されることになる。

展示室には、それら関連資料の多くが展示されるほか、恐竜をテーマにした数々の漫画を手掛けた所十三の代表作「DINO2(ディノ・ディノ)」の貴重な原画なども展示されている。

所十三「DINO2」の「掟」の漫画原稿/作家蔵
同「出会い」の漫画原稿/作家蔵

昭和時代には恐竜の姿を模した玩具模型も多数制作されはじめ、今では恐竜人気を支える中心的アイテムのひとつとなっている。本展では、ジャズピアニストであり国内有数の恐竜アイテムの収集家でもある田村博氏のコレクションを中心にして、様々な恐竜の模型が紹介されている。

トイタウンのリモコン人形など。いずれも田村博コレクション
手前は海洋堂の《プラスチック・モデルキット(ケラトサウルス)》、奥はマルシンの《ソフビ人形》。いずれも田村博コレクション

また、展示室のスペースの問題かと思われるが、第3章のスペースには、福沢一郎の《爬虫類はびこる》や、篠原愛《ゆりかごから墓場まで》が展示されている。どちらも見るものに強烈な印象を与え、思わず近づいてじっくりと眺めたくなるアート作品だ。

左が福沢一郎《爬虫類はびこる》1974年/富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館、右が篠原愛《ゆりかごから墓場まで》2010〜11年/鶴の来る町ミュージアム

作品の世界観に吸い込まれたくなる第4章

1960年代から70年代には、恐竜研究は大きな転換点を迎えた。肉食恐竜デイノニクスの骨格を研究したジョン・オストロムは、1969年に、恐竜が従来考えられていたような鈍重な変温動物ばかりではなく、活発に活動する恒温動物もいたと発表。この学説によって生まれた恐竜像は、「ジュラシック・パーク」のような映画やテレビなどを通じて、広く一般に浸透していった。

その他にも、1982年にはマイアサウラが子育てをしていたことが明らかになり、1996年には化石に羽毛の痕跡のあるシナサウロプテリクスが発見されるなど、恐竜研究に激震が走る。

もちろんパレオアート(古生物美術)の領域でも、この新たな恐竜の姿を表現する画家や彫刻家が現れる。第4章では、そんな1960年以降から現代までに描かれた、活動的な恐竜を描いた作品が展示されている。

アロサウルスが描かれた、マーク・ハレットの《縄張り争い》1986年/インディアナポリス子供博物館(ランツェンドルフ・コレクション)
ダグラス・ヘンダーソン《ティラノサウルス》1992年/インディアナポリス子供博物館 (ランツェンドルフ・コレクション)
マーク・ハレット《ディプロドクスの群れ》1991年/福井県立恐竜博物館
ウィリアム・スタウト《沼地での殺害一クリトサウルスを襲うフォボスクス》1980年/福井県立恐竜博物館

どの作品も見ていると、作中に吸い込まれるような世界観で描かれている。作品の主人公である恐竜だけでなく、植生などの周辺環境までも実在感たっぷりに描こうという、作家の意志が感じられるのだ。

なかでも圧巻の迫力なのが、小田隆の作品。《追跡》では、アングスティナリプテルスとオメイサウルスが描かれているが、大胆な構図によりオメイサウルスの首の長さが際立って見える。一方の《アンハングエラ》では、著しく横に長い構図によって、大迫力の翼竜を描きだしている。

小田隆《追跡 1》2000~01年/群馬県立自然史博物館
小田隆《アンハングエラ》2008年/豊橋市自然史博物館

小田隆によるタンバティタニスの復元図の制作過程が、垣間見られる展示もある。まず頭骨の詳細が描かれ、それをもとに頭部の生体図が描かれている。

なお今回の展覧会の図録では、同氏が関わったタンバティタニスの復元過程を詳しく知ることができる。その冒頭で「復元における最も重要な要素は、研究者との共同作業の部分である。ここを蔑ろにして質の高い復元を実現することはできない」とし、門外漢からすると学術論文のような、研究者とのやり取りが詳細に記されているのだ。

もうほとんど小田隆さん自体が研究者でしょ! と言いたくなる、そんな過程を経ているからこそ、同氏のパレオアートは、実在感に満ちているのだろう。

展示室の最後にある《篠山層群産動植物の生態環境復元》は、その大きな成果の一つ。見ていると、その世界に吸い込まれるというか、そこへ行きたい! と思わされる。

タンバティタニス・アミキティアエの頭骨を描いたものと、頭部生体を描いた絵
小田隆《篠山層群産動植物の生態環境復元》2014年/丹波市立丹波竜化石工房

第4章には、今回最も楽しみにしていた徳川広和さんの恐竜フィギュアも展示されている。

徳川広和の《篠山層群ティラノサウルス上科》と《タンパティタニス・アミキティアエ》
徳川広和《タンパティタニス・アミキティアエ》2013年/丹波市立丹波竜化石工房
徳川広和《篠山層群ティラノサウルス上科》2015年/丹波市立丹波竜化石工房
徳川広和《シノサウロプテリクス》2022年/徳島県立博物館
映画「ジュラシック・パーク」にも関わった、マイケル・ターシックの《ダスプレトサウルス・トロスス》と《スティラコサウルス》。いずれもインディアナポリス子供博物館(フンツェンドルフ・コレクション)

恐竜の知識欲が満たされる展覧会

恐竜展というと、復元された巨大な全身骨格が主役となることが多い。だが、今回のようにパレオアートを中心に体系的に見ていくことで、恐竜に対する知識欲が満たされることだろう。

また本展開催の上野の森美術館から徒歩5分ほどの国立科学博物館では、6月18日まで特別展「恐竜博 2023年」を開催している。また同館の常設展では、ティラノサウルスを始めとする全身骨格が豊富に展示されている。上野の森美術館での特別展「恐竜図鑑」を観てから、国立科学博物館へハシゴするのも良いだろう。

なお、本展では女優の南沙良さんが担当した、音声ガイドが用意されている。スマートフォンでネット接続できれば無料で聞けるので、ヘッドフォンやイヤフォンを持参して、作品を鑑賞しながら聞くと良いだろう。

また同展となんら関係がないのだが、観覧前後に「恐竜学」が分かる入門書を読むと、さらに展覧会を充実したものにできる。ちなみに筆者は、山田五郎さんと科博の副館長である真鍋真さんの「大人のための恐竜教室」(ウェッジ刊)をおすすめしたい。

公式図録は3,000円
無料の音声ガイドが用意されている。スマートフォンとイヤフォン等を忘れずに