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国宝7件など所蔵「静嘉堂美術館」、丸の内にリニューアルオープン

国宝7件と重要文化材84件を所蔵する国内有数の美術館

東京・丸の内の「明治生命館」に、美術館「静嘉堂@丸の内」がオープンした

静嘉堂(せいかどう)文庫美術館は、世田谷区から東京・丸の内の明治生命館(東京都千代田区丸の内2-1-1)の1階に移転し、「静嘉堂@丸の内」として10月1日にオープンした。「静嘉堂@丸の内」の開館記念展第1弾として「響きあう名宝―曜変・琳派のかがやき-」が12月18日まで開催される。入館料は、一般が1,500円、大高生が1,000円、中学生以下は無料。休館日は月曜日と11月8日、9日で、開館時間は10時~17時(金曜日は18時まで)。

静嘉堂文庫美術館は、三菱創始者・岩崎彌太郎の弟で、三菱二代社長である岩崎彌之助と息子の岩崎小彌太の父子二代の蒐集品を所蔵する。そのコレクションは、国宝7件と重要文化財84件を含む、和漢の古典籍約20万冊、東洋の古美術品約6,500件に及ぶ。

静嘉堂は、三菱の二代社長の岩崎彌之助(右)と同四代の岩崎彌之助(左)のコレクションを所蔵
俵屋宗達の『源氏物語関屋澪標図 屏風』や、『曜変天目(稲葉天目)』、『太刀 手掻包永(てがいかねなが)』などの国宝7件をはじめ、重要文化財84件などを所蔵している

9月30日に開催された、報道陣向け内覧会の模様をレポートする。なお以下の写真はいずれも、取材のため許可を得て撮影している。

開館記念展第1弾の「響きあう名宝―曜変・琳派のかがやき-」では、所蔵する全ての国宝を、前期と後期に分けて展示。そのほか茶道具や琳派作品、中国書画や陶磁器・刀剣など、選りすぐりの名宝を4つのテーマで展開していく。なお前期は10月1日~11月6日で、後期は11月10日~12月18日。

静嘉堂コレクションのベースとなった名刀や名物茶器

第一章は「静嘉堂コレクションの嚆矢(こうし)」と題して、岩崎彌之助がコレクションを始めた初期の頃のものが中心となっている。まさに静嘉堂コレクションの嚆矢(こうし)となった品々だ。

第一室の全景

岩崎彌之助は当初、明治10年代の廃刀令で市場に流出した刀剣の、蒐集を始めたという。その中で今回の展示では、12~13世紀の鎌倉時代の「太刀 銘 高綱」、それに14世紀の南北朝時代の「伝 長船兼光(おさふねかねみつ) 刀 大磨上げ無銘(号 後家兼光)」が選ばれている。

「伝 長船兼光(おさふねかねみつ) 刀 大磨上げ無銘(号 後家兼光)」とは、長船派の兼光が造ったものと伝えられている。長い刀だったのを、作者銘のあった中心(なかご)を切り詰めて、短く仕立て直した「大磨上げ(おおすりあげ)」の刀。

もとは上杉景勝の重臣・直江兼続の愛刀で、兼続没後に未亡人のお船の方から主家の上杉家に献上された。このことから、「後家兼光」というニックネームが付けられている。

「伝 長船兼光(おさふねかねみつ) 刀 大磨上げ無銘(号 後家兼光)」
刀身の先端である切先(きっさき)が大きく、身幅の広い豪壮な姿が特徴
刀身の幅が広く力強い
「太刀 銘 高綱」と「朱塗鞘打刀拵(しゅぬりさやうちがたなこしらえ)」。滝川一益が、東国下向の折に、主君の織田信長より拝領したものと言われ、滝川家に伝来したという
中心(なかご)には、「高綱」の銘が確認できる
古備前物の特色を存分に発揮しているという刀身
織田信長から拝領したためか、柄頭には桐紋とあわせて、織田家の家紋として知られる「織田木瓜(もっこう)」が見られる

第一室では、国宝「倭漢朗詠抄 太田切(おおたぎれ)」など、刀剣のほかにも注目すべき品物がある。

「倭漢朗詠抄 太田切」は、11世紀の平安時代に、大陸からもたらされた唐紙に、金泥や銀泥によって大和絵風の下絵が施されている。その紙に、藤原公任(きんとう)が撰んだ「和漢朗詠集」を書写した巻子(かんす)の一部だ(もともと巻物だったものを、一部切り取ったもの)。

「倭漢朗詠抄 太田切」
大陸から伝わった唐紙に、金泥や銀泥によって大和絵風の下絵を施している

さらに岩崎彌之助の蒐集品の、茶道具の中で最初期のものが、「大名物 唐物茄子茶入 付藻茄子(つくもなす)」。大阪夏の陣で罹災し大破するも、見事な漆繕いで甦ったのだという。そのほか、仙台藩伊達家から一括購入した茶道具の中から、千利休ゆかりの「青磁鯱耳瓶(せいじしゃちみみへい)」や「唐物茄子茶入 利休物相(りきゅうもっそう)」などが並ぶ。

大阪夏の陣で大破するも、甦った「大名物 唐物茄子茶入 付藻茄子」
同じく修繕された「大名物 唐物茄子茶入 松本茄子」

中国の名品が集められた第二章

「中国文化の粋」と題された第二章では、岩崎彌之助と小彌太父子のコレクションから、中国の名品が集められている。

「第二章・中国文化の粋」が展開される第二室の全景

まず中国の宋~元の時代のものでは、馬遠が描いたという伝承を持つ国宝「風雨山水図」や、牧谿(もっけい)の「羅漢図」、国宝「禅機図断簡(ぜんきずだんかん)」などが見られる。

右が国宝「風雨山水図」、中央が牧谿(もっけい)の「羅漢図」
因陀羅筆 楚石梵琦題詩の、国宝「禅機図断簡(ぜんきずだんかん)」

なお11月10日からの記念展後期では、明~清時代の、江戸時代に人気を博したという沈南蘋(しんなんぴん)の「花鳥図」や、余崧(よすう)の「百花図巻」などが並べられる。

琳派の光悦や宗達、抱一の競演が見られる第三章

静嘉堂@丸の内で最も広い展示室である第三室では、「第三章・金銀かがやく琳派の美」をテーマとし、日本の近世絵画を代表する「琳派(りんぱ)」の作品が展開されていく。琳派の創始者と言われる本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)と俵屋宗達(たわらやそうたつ)をはじめ、京を中心にしていた琳派を江戸で開花させた酒井抱一(ほういつ)の作品も見られる。

「第三章・金銀かがやく琳派の美」が展開される第三室の全景

第三室に入って、まず見ることになるのが本阿弥光悦の「草木摺絵(そうもくすりえ)新古今集和歌巻」。光悦は、江戸時代初期に活躍した書家であり、陶芸家や蒔絵師としても知られる。本作は「寛永の三筆」と言われる光悦による新古今和歌集。藤や松などの植物が料紙(紙)に金泥ですられ、さらに金泥の筆彩や金砂子が加えられている。太細または濃淡が豊かな、光悦ならではの書が、料紙装飾との調和を感じさせるという。

能書・本阿弥光悦の「草木摺絵(そうもくすりえ)新古今集和歌巻」
太細または濃淡が豊かな、光悦ならではの書が、料紙装飾との調和を感じさせる

光悦の書から目を外すと、目の前に広がるのが、琳派のもう1人の創始者である俵屋宗達の「源氏物語関屋(せきや)澪標(みおつくし)図屏風」。作品名称の通り、源氏物語の第十四帖「澪標」と第十六帖「関屋」を題材にしている。

俵屋宗達の傑作、国宝「源氏物語源氏物語関屋澪標図屏風」。なお向かって右側の右隻(うせき)が「関屋図」で、左側の左隻(させき)が「澪標(みおつくし)図」
「関屋図」(部分)
「澪標(みおつくしず)図」(部分)

俵屋宗達の源氏物語の屏風をじっくりと鑑賞したら、江戸時代後期に活躍した、江戸琳派を代表する酒井抱一の作品が見られる。

一つは、菜の花と青麦、ひばりを1羽ずつ双幅(2つの絵)に描いた「麦穂菜花図(ばくすいさいかず)」。右幅の菜の花は黄色い花をつけ、ゆったりとカーブしながら伸びる姿形。上方には翼を広げたひばりを、下方には白い花のナズナを添える。そうした構成の美しさが江戸琳派の特徴だ。

もう一つが、全72の絵が描かれた画帖(アルバム)、「絵手鏡(えてかがみ)」。その中で今回は、かぼちゃや幼い子供が描かれた6図が見られる。だが同画帖には、ほかにも様々な内容の絵が描かれ、抱一が(琳派を発展させた)尾形光琳だけでなく、狩野派や土佐派、円山四条派、中国画など、幅広い画技を習得していたことが分かるという。

なお酒井抱一の「波図屏風」は、11月10日からの後期で展開されるので、そちらも楽しみだ。

江戸琳派を開いた酒井抱一(ほういつ)の「麦穂菜花図(ばくすいさいかず)」
「麦穂菜花図」の右幅に描かれた菜の花
同左幅に描かれた青麦
同じく酒井抱一の「絵手鏡(えてかがみ)」
カエルを写実的に描く
雨を淡墨で表現している

前述した江戸琳派の酒井抱一に、18歳の頃に入門したのが、鈴木其一(きいち)。展示では、雨が降って霞む山桜と紅葉を描いた「雨中桜花楓葉図(うちゅうおうかふうようず)」が堪能できる。其一は、抱一の画風を継承するだけでなく、さまざまな新たな表現を試みたという。本作では、その試みの一端を、感じられるだろう。

鈴木其一(きいち)の「雨中桜花楓葉図(うちゅうおうかふうようず)」。薄墨で表現された雨が印象的。装飾性と柔和な描写の江戸琳派の花鳥画に、写実性を加味した作品と言えるとする

世界に3つしかない国宝「曜変天目」が光彩を放つ最終章

最後となる第四室では、「第四章・国宝『曜変天目』を伝えゆく」と題して、岩崎小彌太が拡充したコレクションが展開される。刀剣では国宝「太刀 銘 包永(かねなが)」、書跡では趙孟頫(ちょうもうふ)「与中峰明本尺牘(ちゅうほうみんほんにあたうるのせきとく)」がある。またなんと言っても、中国陶磁の至宝とされる国宝「曜変天目(稲葉天目)」は、器に興味がない人でも、一度は見ておきたいものと言える。

第四室の全景

第四室は、広くない部屋の中に3点の国宝が展示されている。そのため、一般公開時には最も混み合う部屋となりそうだ。タイミングを見計らって、まっさきに見ておきたいのが、国宝「曜変天目(ようへんてんもく) 稲葉天目」。まず天目とは黒釉茶碗のこと。その黒釉茶碗の内面に現れた、大小の斑紋に、青から藍色に輝く光彩が現れたものを「曜変天目」と言う。曜変は、狙って出せるものではなく、偶然の所産によるものとされている。

当品は、中国・福建省の建窯で12~13世紀に作られたもの。世界で現存する曜変天目(完成品)は、日本にある三碗のみ。そのうちの一つが、静嘉堂@丸の内で展示されている「稲葉天目」。光を反射してキラキラと光彩を放つ様は、肉眼で見て初めて感じられる。この1点を見るために、丸の内に足を運んでも良いだろう。

国宝「曜変天目(ようへんてんもく) 稲葉天目」

同じく第四室にある、手掻包永(てがいかねなが)の「太刀 銘 包永」は、鎌倉時代に作られたもの。反りの高い太刀姿に、細い刃文が穏やかに起伏している。700年前に作られたものとは思えないほど刀身の状態が良好で、古来から名刀として尊重されてきた歴史がうかがえるという。

手掻包永(てがいかねなが)の「太刀 銘 包永」と、「菊桐紋糸巻太刀拵(きくきりもんいとまきたちこしらえ)」
「銘 包永(めい かねなが)」とは、刀の手元にあたる刃のない部分に「包永」と刻まれていることを意味する。本品の場合は、写真の左端に銘を見られる
細い刃文がおだやかに起伏している
鋒(切先)まで美しく冴え渡っている

「太刀 銘 包永」には、一緒に「菊桐紋糸巻太刀拵(きくきりもんいとまきたちこしらえ)」という外装、拵(こしらえ)も展示されている。名前は、菊と桐の紋が散りばめられた、柄の部分に糸が巻かれた拵、といった意味。名刀にふさわしい、この拵だけでも、一つの工芸品として眺めていられる。

「菊桐紋糸巻太刀拵」の柄
鍔(つば)には多くの菊桐紋が散りばめられている
腰に当たる渡(わたり)部分の周辺にも、菊と桐の紋が見られる
拵(こしらえ)だけで、一つの工芸品として眺めていられる

国宝「与中峰明本尺牘(ちゅうほうみんほんにあたうるのせきとく)」は、中国・元の初期の能書家である趙孟頫(ちょうももうふ)が、僧の中峰明本(ちゅうほうみんぽん)に宛てて書かれた手紙を、まとめたもの。趙孟頫は、今でも書道の手本とされる王羲之(おうぎし)の書風に、熟達していた人。展示されている書には、中峰に対する深い敬慕の念や私人としての率直なる心情が吐露されているそう。

国宝「与中峰明本尺牘(ちゅうほうみんほんにあたうるのせきとく)」

岩崎小彌太は、中国陶磁の世界的コレクターとして知られているという。第四室では、上記の国宝3点のほかにも、8世紀の唐の時代に作られた「三彩獅子(さんさいしし)」なども見られる。

ずらりと並ぶ、中国陶磁のコレクション
8世紀の唐の時代に作られた「三彩獅子」

建物自体が重要文化財

内覧会のセレモニーでは、静嘉堂文庫美術館の河野元昭館長が登壇し、同館の沿革を次のように語った。

「岩崎彌之助は、1892年に歴史学者の重野成斎(せいさい)を文庫長に招いて、静嘉堂文庫を開設しました。彌之助には、古典籍や美術品を蒐集するだけではなく、多くの国民に見てもらう、公開するという強い意志がありました。それから100年後に、世田谷に静嘉堂美術館ができました。でも彌之助の最初の意志は、美術館を丸の内に作ることだったんです。その意志が、130年ぶりに実現したのが、今日という日なのです」

静嘉堂文庫美術館の河野元昭館長

また、新しい「静嘉堂@丸の内」は、素晴らしい照明と、ほとんど反射のないガラスケースを使用しているという。そのため、同館が所蔵する「曜変天目」をはじめとする美しいコレクションが、今までとはまた違う輝きを見せてくれると締めくくった。

ガラスの反射が少ない点は、実際に撮影している時に強く感じた。ほかの博物館などでは、ガラスの展示ケースの前に立つと、自分の姿が映り込んで展示品がよく見えない……なんてこともある。だが静嘉堂@丸の内では、明らかに照明の反射や映り込みが少ないのだ。そのため、ガラスケースごしに作品を鑑賞する際も、作者の意図した筆づかいや色などが、ガラス越しとは思えないほどダイレクトに伝わってくる。

反射の少ないガラスを使っているという
自分がガラスに映り込まないので、展示品がくっきりと見られる(写真は原羊遊斎の「片端車螺鈿蒔絵大棗」)

内覧会では、開館記念展の第1弾「響きあう名宝―曜変・琳派のかがやき-」を担当した、学芸員の長谷川翔子さんも登壇。美術館の丸の内移転への思いを語った。

「これまでは(アクセスが良いとは言えない)世田谷の住宅街にあり、なかなか来られなかったという方もいらっしゃったと思います。ここ静嘉堂@丸の内は、東京駅からも近いです。私たちの願いは、地方の方々はもちろん、世界中の方々にも、もっと来ていただくことです。そして、これまでは『知る人ぞ知る静嘉堂』と言われていましたけれど、これからは『みなさんが知っている静嘉堂』になれるよう、今後も様々な観点からコレクションを紹介していきたいと思います」

静嘉堂文庫美術館の学芸員・長谷川翔子さん

静嘉堂文庫美術館の河野館長や学芸員の長谷川さんが言うように、静嘉堂@丸の内は、JR東京駅や有楽町駅からは徒歩5分と、非常にアクセスの良い美術館と言える。

また美術館のある明治生命館は、1934年に竣工した昭和初期の近代洋風建築を代表する、重要文化財にも指定されている建物。外観だけでなく、大理石を多用した重厚な建築美は、中に入っても感じられる。明治生命館の静嘉堂@丸の内のスペースに入ると、高い天窓から自然光が差し込む、ホワイエと呼ばれるゆったりとしたスペースがある。そのホワイエを取り囲むように、第一~第四の展示室が配置されているのだ。

展示品を見て少し疲れたら、ホワイエのソファでのんびりと休憩し、また次の展示室を見に行くといったことができる。静嘉堂@丸の内は、そんな優雅な時間が過ごせる美術館として、新たなスタートを切った。

静嘉堂@丸の内が入っている、明治生命館。重要文化財に指定されている
静嘉堂@丸の内の中に入ったところにある、自然光が差し込むホワイエ
天井が広く重厚な作り