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築50年だけどほぼ新築。「リファイニング」された賃貸マンションを見た

公開されたリファイン建築。右側の部分は2階が店舗、1階が駐輪場・駐車場

三井不動産は同社が展開している老朽化不動産再生コンサルティングサービスで手がけたリファイニング建築「シャトレ信濃町」を公開した。物件としては個人オーナーが所有するもので、竣工後は三井不動産レジデンシャルリースがサブリースをする。すでに賃貸情報サイトなどで募集が始まっている。

リファイニングとは、三井不動産と共同で本物件を手掛ける青木茂建築工房が提唱する老朽化建築の再生手法。柱や梁、構造壁など、構造上必要な構造躯体だけを残し、構造上不要なものを全て解体し、耐震性を向上させるように補強した上で、現行法ベースの検査済証も取得する。新築ではないが、構造躯体以外は新築と同様になるのが特徴だ。

エントランスの水盤。要するにこういうのがあるような高級賃貸マンションである。奥の庭園の左にチラッと見える浄化槽っぽいのが気になるけど

公開されたのは東京都新宿区の信濃町にある1971年築の賃貸マンション。9階建で構造は高層がSRC造、低層がRC造。敷地面積は968.46m2、延べ床面積は2610.42m2でリファイン後は32戸。

やや古い建物で、建て替えるとなると、建築当時にはなかった日影規制などの法令により、5階建くらいまで規模が縮小してしまうため、建て替えではなくリファインという選択が採られている。

リファイニングの概要

本件のリファイン工事では、以前の建物の構造躯体だけを残し、ほぼ全面的に入れ替えをしている。構造躯体も、一部を取り除きつつ、新規の構造壁や柱も付け加えることで、耐震指標Is値0.6を確保している。Is値は高いほど地震に強いもので、0.6以上だと大地震での倒壊の可能性が低いとされる。

建て替えに比べると、構造躯体自体は従来のものを流用するので、建物形状などは変更できず、階高なども変えられない。しかし間取りはある程度、変えられるので、今回の計画ではもともと1フロアに80m2前後の3LDKが3戸あったところを、昨今のニーズに合わせ、40〜50m2の1LDKが4戸と65m2の2LDKが1戸というように変更されている。

建て替えに比べると、コストは7割程度と若干安くなる。それ以外にも新たに使われる資材や廃棄される建築廃棄物の量が少ないといった環境負荷の面でのメリットがあり、建て替えよりもCO2排出量は72%も削減できるという。

約52m2の1LDK。可動間仕切りで仕切ると手前が5.5畳ほどの寝室になるワンルーム的な使い方のできる間取り

例えば以前の建物の構造躯体には、コンクリートが2,000m3、鉄筋が300トン、鉄骨が1,000トンが使われているが、今回のリファイニングでは以前の構造躯体の84%が再利用されている。新たな柱や構造壁も新設されているが、その材料はコンクリートが77㎥、鉄筋が11トンと、全体からするとかなり少なく済んでいる。また、通常なら取り壊しから建て替え竣工まで3年程度がかかるが、リファイニング建築としたことで、工期は13カ月程度で済んでいるという。

構造躯体以外の部分はほぼほぼ新規で作っているので、例えば配管などもメンテナンスをしやすいような最近の設計としたり、水回りなども最新の製品を使ったり、都心では貴重な眺望を得られるように大きな窓ガラスを配置したりしている。

大きめの窓を多数使っているのが特徴。大きさはざっと測ると2.4mくらい。ただしベランダが浅い部分の窓は防火仕様の網入り窓

住戸部分は配管スペースなどのために床を少し上げている。このため、天井高は少し減っているが、この建物の場合は元の天井が高めなので、通常の居室で2.3mの天井高を確保している。

変わったところとしては、以前の建物はバルコニーの手すりがコンクリート造だったが、これを一部撤去し、ポリカーボネートパネルのものに変更することで、建物の軽量化と解放感の向上をはかっている。

床・天井の遮音性能についても、天井側に吸音材を入れたり、フローリングも遮音性の高いものにすることで、重量床衝撃音はLH-60からLH-50に、軽量床衝撃音はLL-55からLL-35へと遮音性が向上している。

古い建築を補強するとなると、斜めの構造材(ブレース)を大規模に配置するケースが多いが、この物件ではそうしたブレースは使われておらず、通常の新築マンションと同様に、柱と梁、構造壁で強度を保っている。

中央に見えるのが新設された柱。その右側の梁の下も新設された構造壁

新設された柱や壁の中でも大規模なのは、建物の中央と西側に新設された柱と内壁だ。この柱と構造壁はRC造で、柱は上下の床をぶち抜き、上下フロアにまたがるように鉄筋を通している。構造壁も元からある柱にがっつりとアンカーを入れ、鉄筋を組んでコンクリートを打っている。

普通のRC造では、構造壁や柱は外壁部に作られることが多いが、今回のリファイニングでは建物内部側に新設することで、耐震強度を高めつつも、外壁を減らすようにしている。それにより住戸内から眺望を得やすくしているのも特徴だ。

上層階のバルコニー。隣接する建物は低層建築なので見晴らしが良い

近隣は現在の法規制だと5階建くらいまでしか建てられない地域ということもあり、上層階の眺望が非常に良いのもこの物件の特徴で、上層階の賃料はその分、プレミアム価格が乗せられている。

周囲の環境としては、南側にJRの信濃町駅が徒歩7分ほど、北側は東京メトロ丸の内線の四谷三丁目駅が徒歩6分のところにある。信濃町駅の向こうには明治神宮外苑があり、少し歩くと、西方面には新宿御苑、東方面には赤坂御所がある。

JR信濃町駅周辺の大きな建物は、宗教団体の創価学会や慶應義塾大学病院など程度で、高層オフィスビルなどはなく、中低層の住宅が続いている。そのため、上層階からの眺めはかなり開けている。

モデルルーム。65.66m2の2LDKで賃料は30.7万円(+管理費1.5万円)。キッチン配置は部屋によって違い、ここはペニンシュラ型
あまり広くない部屋でもアイランドキッチンの部屋もある。個人オーナーの賃貸マンションはこうしたこだわりポイントが重要
システムバスのドアにガラスを採用。これ、地味に高価な仕様なので、オーナーやデザイナーにこだわりがないと採用されにくい

賃料設定としては、新築の賃貸マンションに近い価格帯で、眺望の良い上層階は新築賃貸以上の価格だ。例えば約50m2の1LDKで月24万円(+管理費1.2万円)などとなっている。物件情報には「築51年」と記載されるが、耐震性能などは新しいマンション並みで、水回りなどの設備も賃貸マンションというより高級分譲マンションに近いグレードが採用されている。そこを考えると、この価格帯も妥当な設定とも言える。

南面のバルコニー。こちらの面だけ手すりが以前の建物に近いデザイン。軒天が木目調だったりバルコニーの作りはなかなか上質

どの部屋もバルコニーがあるが、南面のバルコニーは奥行きが深めで、椅子やテーブルなどを置ける広さがある。窓は基本的に2枚建引き違いだが、比較的大きめなので、家具類の出し入れもしやすそうだ。室内床が上げられているのに合わせ、バルコニー側も高めになっているので、フラット仕様ではないものの、窓サッシ部の段差が小さくなっているのも特徴だ。

8階は部屋が少し狭い代わりにバルコニーが広い。上にあるのは屋根ではなく梁、つまり下階はそこまで室内
8階の北東の部屋は脱衣洗面室にバルコニーにつながる大きな窓があり、風呂の扉が半透明なので、ちょっとだけだが風呂から外が見える(逆もまた然り)

先細りする建物形状で、8階のフロア面積は7階までよりも少し狭くなっているが、その分、バルコニーの奥行きが深く、上階のないルーフバルコニー仕様になっている。

9階のオーナー家族の住戸にあるルーフバルコニーのウッドデッキ。LDKにつながる窓は3枚建の引き込みという特殊かつこだわった仕様

8階の一部と最上階となる9階にはオーナーとオーナーの家族が住むため、賃貸はされない。賃貸されない9階は完全な特別仕様で、ウッドデッキの敷かれた大きなルーフバルコニーがあり、リビング・ダイニングからはかなり大きな窓でつながる特別仕様となっている。

1階に新設された住戸のLDK。FIX窓はざっと測ると3.7mくらい。住宅で使われるサイズじゃないというレベル。一応ペアガラスだ
1階住戸の寝室。窓の外にはウッドデッキと占有庭。賃料は一番高い部屋だけど、一番すごい部屋でもある

以前の建物では1階には住戸はなかったが、リファイニングにあたり、共有の応接室と駐車場の一部をなくし、代わりに賃貸用の部屋が1戸だけ新設されている。賃貸される部屋としては最大サイズとなる87.99m2で、賃料は38.3万円(+管理費1.5万円)。間取りは2LDKだが、LDKが約22.4畳と大きく、巨大なFIX窓で共有部の緑地(通常時は人は入れない)を眺められるのが特徴。エントランスの巨大な水盤を横から覗けるような窓も作られている。

1階はもともと階高が大きい設計だが、LDKはさらに掘り込むことで、天井高を稼いでいる。しかし床と地面との間に空気層がなく、開口部も広いことから断熱性能が高くないためか、LDKにはエアコンが2機設置されている。このほかにも2つの寝室の外にはウッドデッキがあり、そこそこの広さの占有庭もある。

リファイニングは建て替えたくないときに有効な選択肢

リファイニングは建て替えに比べるとコスト的に圧倒的に安い、というわけではない。リファイニングの最大の利点は建て替えしないで済むということにあり、例えば今回の物件のように、建て替えすると規模が小さくなるとか、あるいは建て替え自体が困難、歴史的な建造物で保存しつつ別の用途に転用する、といったケース向けの手法となる。

都心部のマンションの場合、逆に建て替え時に一定の条件で規模を大きくできる、といったケースもあり、そうしたケースではリファイニングは不適切だ。

三井不動産では老朽化不動産再生コンサルティングサービスの中で、選択肢の一つとして、青木茂建築工房と共同でリファイニングを手がけている。同コンサルティングでは建て替えも手がけているので、リファイニングが適切なケースでしかリファイニングは行なわない。

なお、同コンサルティングサービスはオーナーが1人のみの、権利関係がシンプルな物件向けのもので、賃貸マンションだけでなく、公共施設も手がけている。