こどもとIT
月面探査ローバーから教育現場でのレゴ マインドストーム活用事例までが一堂に会した「Robotics Education Day 2017」
2017年9月13日 06:00
2017年7月16日、品川シーズンテラスで「Robotics Education Day 2017」が開催された。本イベントは、レゴ マインドストームを利用したロボット教室などを運営している株式会社アフレルが主催したものであり、ロボティクスを活用したエンジニアリング教育に関する講演や展示などが行われた。本イベントは今回が初の開催となるが、エンジニアリング教育への関心の高まりを受け、大盛況であった。ここでは、その様子をレポートする。
民間月面探査チーム「HAKUTO」エンジニアによる基調講演
まず、基調講演としてHAKUTO/ispaceのElectronics Engineerである河本新氏が、「『夢みたい』を現実に。民間発 月面探査チームHAKUTOの挑戦。」と題した講演を行った。
HAKUTOは、Googleが主催する月面探査チャレンジ「Google Lunar XPRIZE」に日本から唯一参加しているチームである。Google Lunar XPRIZEは、3つのミッションが設定されており、最初のミッションは「月面に純民間開発ロボット探査機を着陸させる」、次に「着陸地点から500m以上移動する」、最後が「高解像度の動画や静止画データを地球に送信する」である。
HAKUTOは、月面探査ローバー「SORATO」でこの3つのミッションに挑む。SORATOの重量は4kgで、この種の惑星探査ローバーの中では群を抜いて軽いことが特長だ。河本氏はSORATOの開発において、「軽くて強い構造にすること」「過酷な温度変化に対応すること」「発熱対策」が特に大変だったと語った。
2015年1月に、技術的に優れている5チームにGoogle Lunar XPRIZE中間賞が与えられたが、HAKUTOも見事にその中の1チームに選ばれた。さらに2017年1月24日、実際に月面でのチャレンジを行うファイナリスト5チームが発表されたが、HAKUTOも選ばれ、インドのチームIndusと相乗りで月を目指すことになったという。
打ち上げは2017年12月28日、インドのシュリーハリコータで行われる予定で、月面でのミッション開始は2018年になる。無事、ミッションをコンプリートすることを期待したい。
教育現場でのレゴ マインドストームの活用事例
続いて、教育現場での活用事例として、高等専門学校や大学で教鞭をとっている先生方が講演を行った。その中から、特に興味深かった3つの講演を紹介する。
制御工学教育にも使えるレゴ マインドストームEV3
舞鶴工業高等専門学校の川田昌克教授は、「LEGO MINDSTORMSを利用した制御工学教育の事例紹介」と題した講演を行った。
その中でレゴ マインドストームは、機械加工やハンダ付けなどの技能が不要で、ソフトウェアの選択肢が多いことが利点であるとした。制御工学分野で標準的なMATLAB/Simulinkも利用できるので、シミュレーションと実機での実験を組み合わせた学習が可能である。その例として、PID制御による倒立振子のシミュレーションと実機の作製が紹介された。
名古屋大学とアフレルがEV3とEV3RTを活用した大学学部生向け教材を共同開発
名古屋大学の松原豊助教は、「LEGO MINDSTORMS EV3とリアルタイムOS(EV3RT)を活用した組込みシステム技術教育」と題した講演を行った。
EV3RTは、EV3用のリアルタイムソフトウェアプラットフォームであり、オープンソースベースで開発されている。また、ETロボコンの標準プラットフォームの一つに指定されており、高機能かつ高いリアルタイム性を実現していることも魅力だ。
名古屋大学とアフレルは共同で、EV3とEV3RTを活用した大学学部生向け教材を開発したとのことだ。実際の制御プログラムに近いプログラミングを体験できることが特徴であり、その内容は1台の車両で荷物の収集と配達をする「自動搬送システム」をV字開発モデルによって作成するというものだ。
この教材は、準備が簡単なことや機能追加が容易なこと、制御ソフトウェア開発に集中できることが利点だが、ハードもソフトもブラックボックス化されていることやソフトウェアの高機能デバッグができないこと、趣味でやるには高価といった弱点もある。最後に松原助教は、学生に期待することは、行動力、創造力、探究力、応用/提案力であり、EV3と本教材はこれらを伸ばす導入教材として有効であるとまとめた。
レゴ マインドストームEV3を小学生の夏休みの自由研究に活用
東京農業大学の佐々木豊教授は、「農業工学分野及び小学生教育におけるレゴ マインドストームEV3の活用事例について」と題した講演を行った。
佐々木教授によると、東京農業大学生産環境工学科の学生は、環境に興味があるが理数系には弱く、ロボット・機械などに興味のある学生は限定的であるとのことだ。そこで、佐々木教授の研究室では、レゴ マインドストームEV3を用いて大学生・大学院生と小中学生対象に制御やプログラミングの教育を行っている。
大学の学部生については、学部2年と3年で、教育版EV3基本セットでのロボット作製・入門やロボットエデュケーターの学習を行い、3年の専攻演習でレゴロボットコンテストを行う。また、小学生の自由研究でのEV3活用を学部4年の卒業研究のテーマの一つとしている。
農産物の生産から収穫、選別の一連の流れであるフードチェーンでは、それぞれの段階で自律田植え機やイチゴ収穫ロボット、合鴨ロボットなどさまざまなロボットが使われており、学生もそうした機能を持つロボットの模型をレゴ マインドストームEV3を活用して作製し、コンテストに出品するのだという。学生が作製した合鴨ロボットや野生鳥獣対策ロボットなど、EV3の機能を活用したロボットが紹介された。
また、夏休みには小学生向けに自由研究教室を行っており、そこでもレゴ マインドストームEV3を活用しているとのこと。2016年度の課題は、トレーニングロボットをレゴパーツで装飾し、ブリックプログラミングで動かし、自由研究としてまとめるというものだ。参加した子ども達のアンケート結果は「とても楽しかった」「楽しかった」という肯定的意見が9割弱と、好評であった。
2017年度は前年の反省を活かして、レゴパーツでの装飾をやめ、3Dプリンターで作製したカブトムシやクワガタ、サソリなどのオブジェを選んで利用することにしたという。
Preferred Networksによるディープラーニングの特別講演
続いて、株式会社Preferred Networksの奥田遼介氏が「Deep Learningのロボティクスへの応用」と題した講演を行った。
奥田氏はまず、自分とレゴ マインドストームとの関わりを説明した。中学生のときにレゴ マインドストームRCXに、大学院生のときにレゴ マインドストーム NXT 2.0に出会う。ETロボコン2012に出場し、チャンピオンシップ大会でTOPPERS賞を受賞、総合部門で4位という好成績を達成。ETロボコン2012では、プログラムのBT経由の書き換え機能を実装し、自動リトライによるパラメーター調整ツール「SATORI2」を製作した。
次に奥田氏は、最近注目が集まっている人工知能に関する3つの重要キーワード「機械学習」「深層学習(ディープラーニング)」「強化学習」を解説した。機械学習とは、経験によって賢くなるアルゴリズムのこと。深層学習は機械学習手法の一つで、近年大きく研究が進み、最近の人工知能ブームの立役者だ。強化学習とは、試行錯誤を通じて環境に適応した制御を獲得する枠組みである。画像認識の分野は、2012年に実装された深層学習によって精度が一気に向上し、現在では人間の画像認識能力を大きく上回っているという。
Preferred Networksは、2015年6月に開催されたInteropで、レゴ マインドストームを使った台車を利用して分散深層強化学習のデモを行った。このデモでは、台車の上に貼られたQRコードをWebカメラのグローバルビジョンで識別し、その座標データと、Chainerを使った深層学習からの操作指令をProcessingで書かれたシミュレーターに入れ、Bluetooth経由で台車を制御している。
このデモは、複数ロボットカーの協調走行を行うもので、状態は全部で273次元、行動は5種類。ニューラルネットワークで600→400→200→100→50と変えながら学習させ、5次元の結果を導き出す。翌年のCES 2016でもトヨタ、NTTと共同でロボットカーのデモを行ったとのことで、その時の動画を示したが、見事にロボットカーがぶつからないように走行を行っていた。レゴをデモに使った利点として、短期間でデモを製作できたことや、ほどよいバッテリー駆動時間、安定して動作することなどを挙げていた。
このデモのすごさは、約300次元の入力情報から適切な行動を自動的に獲得していることであり、CESのデモでは、4日間で一度もお互いに衝突することはなかった。また、複数台のセンサーデータを集めて学習を加速していることも特徴だ。
また、Amazon主催の「Amazon Picking Challenge」への挑戦についても紹介された。Amazon Picking Challengeは、倉庫の自動化を目指すもので、指示された12個のアイテムを15分以内に棚からとってくるか、逆に棚に入れればOKというものだ。結果は、Pickタスクで1位と同スコアの2位、Stowタスクでは3位と僅差の4位という好成績であった。
特別講演の後、企業での実践事例の講演とパネルディスカッションが行われた。パネルディスカッションの参加者は、NEDOアドバイザーの岡田浩之氏、東京工業高等専門学校の山下晃弘准教授、株式会社日立産業制御ソリューションズの松尾正氏、株式会社アフレルの小林靖英氏であり、テーマは、「ロボコン・プロコンによる人材育成の未来」であった。
チンアナゴやアスパラガス自動皮むき機など、レゴを活用したユニークな作品が多数展示
講演スペースの隣には、展示スペースが設けられており、レゴ マインドストームを使って作られたさまざまな作品が展示されていた。展示スペースも非常に盛況であり、展示作品を触ったり、製作者に質問する来場者も多かった。
舞鶴工業高等専門学校の川田昌克教授は、講演で紹介していた倒立振子のデモや執筆した教科書の展示などを行っていた。
東谷賢一氏は、レゴ マインドストームを使って製作した「チンアナゴ」と「Regetter GP」という2つの作品のデモを行っていた。チンアナゴは、EV3の各種センサーを利用し、手をかざしたり手を叩いたりすると、砂から飛び出す仕組みだ。
また仲木竜氏は、「アスパラガス自動皮むき機(改)」というユニークな作品のデモを行い、注目を集めていた。
Kohsuke's Labが展示していた「EV3搭載型トイレットペーパー」と「EV3搭載型松葉杖」も、ユーモアにあふれた面白い作品だ。
その他、WRSやETロボコンに関する展示も行われていた。