こどもとIT
実践的な模擬授業や、具体的な提言も飛び出した、教育関係者向けシンポジウム「プログラミング教育明日会議 in 東京」
2017年9月4日 13:14
2017年8月22日、「プログラミング教育明日会議 in 東京」が早稲田大学西早稲田キャンパスで開催された。この催しは、小学校の先生や学校関係者向けにプログラミング教育の背景や体験を無料で提供するもので、一般社団法人みんなのコードが全国10都市で行なっているシリーズの東京開催版。暑い夏の1日、200名を越える参加者が会場を埋めた。
始まって間もなく、みんなのコード代表理事の利根川裕太氏によるナビゲートで近くの席の参加者と問題意識を共有する時間が取られると、参加者同士が積極的に言葉を交わし会場内の声のボリュームが一段上がるのを感じたほどだ。
早稲田大学グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所所長で早稲田大学教授の鷲崎弘宜氏による講演では、プログラミングとは、与えられた課題をどうやって解決するかを組み立てる作業であるということ、解決方法は複数あるということが平易な例で示され、参加者にとっていい導入となっていた。
続いて、文部科学省生涯学習政策局情報教育課情報教育振興室長の安彦広斉氏からは、新学習指導要領でのプログラミングを含む情報教育・ICT活用の位置づけや、そこに至る社会的背景が解説され、基本事項がおさえられた。
このあと、いよいよプログラミングを取り入れた模擬授業に入る。具体的にどんなことをすればよいのか悩む先生方にとっては最も興味のあるところだろう。プログラミングツールを用いた算数と、機器を使わないアンプラグド学習の2つの模擬授業が行われた。
模擬授業1:正多角形をプログラムで描画させる~算数で「プログル」を使用
算数では5年生で学習する正多角形をテーマに、プログラミングで正多角形の性質について理解を深める授業が行われた。プログラミングには、みんなのコードが開発した無料のオンライン教材「プログル」を使う。
プログラミングといっても、いきなりパソコンの画面に向かって何か取り組むわけではない。まずは通常の算数の授業のようにプリントと鉛筆で正多角形の特徴をおさらいするところからスタート。基本の知識をおさえた上で、「プログル」の「多角形コース」を使用した。
キャラクターを指定のルート通りに動かすプログラムをブロックタイプのプログラミングで作るのがこの教材のミッション。操作は簡単なので参加者が手間取る様子はない。キャラクターを動かす軌跡が正多角形のバリエーションになっているので、これで多角形を描くプログラミングをしていることになるというわけだ。
課題を進める中で、キャラクターを動かすのに角度を指定したり、効率を上げるために同じ動作を繰り返し指定することになったりするのだが、そうしたシーンで先生がどのような声かけをして、正多角形の特徴との関連に気づきを促し理解を深めさせるかが、実演された。
このモデル授業は、実は新学習指導要領の記述をきれいになぞっている。実際に「算数」でプログラミングの体験を取り入れる具体例として「正多角形の作図を行う学習に関連して,正確な繰り返し作業を行う必要があり,更に一部を変えることでいろいろな正多角形を同様に考えることができる場面などで取り扱うこと。」との記載があるのだ。
元々プログラミングと親和性の高い内容と、その学習のためだけに用意されたシンプルなツールを組み合わせているので、進行はスムーズで授業内容がコンパクトにまとまっている。よく整ったまさにお手本のような授業だった。
むしろこれでは物足りなく感じるくらいの参加者もいたかもしれないが、初めての先生にとっては取り組みやすいイメージを持つことができたはずだ。
模擬授業の最後に「プログラミングを取り入れた授業を始める足がかりとして」という話があった通り、あえてお手本的に「模範例」を見せることで、参加者の授業イメージを広げるきっかけを提供したと言えるだろう。
模擬授業2:パソコンなしで身体を動かす!~「ルビィのぼうけん」を使用
もうひとつの模擬授業は、アンプラグドと呼ばれる機器を使わずにプログラミングの考え方を学ぶものだ。「ルビィのぼうけん」という子ども向けプログラミング絵本から、「ダンス、ダンス、ダンス!」というループの概念を学ぶアクティビティに着想を得た内容で進められた。
先生がプログラマーとなり、ダンスの振り付けをプログラミングするという設定。「足ぶみ」「手をたたく」「まわる」といった単一の動作をホワイトボード上にマグネットで順に並べていき、単一の指示を順に並べるシンプルなプログラムが完成した。受講者はそのプログラムを実行するロボットで、プログラム通りの振り付けを実行しなければならない。
はじめ!の合図と同時にまわったり手をたたいたり忙しい。そこへ「3回繰り返す」というループのプログラムも追加されさらに大忙しだ。進行役の先生の軽妙な声かけで、実際の教室の雰囲気がイメージできる。
隣同士でプログラマー役とロボット役になる時間も設けられ、感想としてロボット側からは「疲れた」「間違えないようにと慎重に動いた」、プログラマー側からは、「どうやったら相手を楽しく動かせるかを考えるのが難しかった」という声が上がった。
このように、機器を使わずにプログラミングの考え方やルールを学ぶのがアンプラグド学習のスタイルだが、参加者の感想からは、コンピューターの特徴やプログラミングすることのイメージを捉えられたことがわかる。
例えば、コンピューターは、指示通りの作業を正確に何度でも実行するのが得意だし、人間は文法を勉強して知識だけつければプログラムを書けるわけではなく、作るものの結果を十分に想像する力が要求される。アナログな手法でも、そんなことを実感しながらプログラミングの基本的な概念を知ることができるのが、アンプラグド学習の良さだろう。
模擬授業の後半では、同じく「ルビィのぼうけん」の別のアクティビティを教材に、指示を英語に置き換え外国語活動に取り入れた例の紹介などもあり、アンプラグド学習が教科と結びつけやすいことが見えてきた。
学校での実践例の発表に共通する、子どもたちの変化
続くプログラミング教育先行事例紹介では、栃木県大田原市立大田原小学校の黒田充教諭、同海老澤洋一教諭、茨城県古河市立大和田小学校の藤原晴佳教諭から発表があった。
プログラミング教育の体制作りや学年に応じた導入ステップの具体例(黒田教諭)、外国語活動でおすすめの国紹介のプレゼンテーション作りにScratchを用いた事例(海老澤教諭)、国語でしかけのある物語づくりにScratchを用いた事例、算数にアンプラグドを取り入れた事例(藤原教諭)等が報告された。
印象的だったのは子どもたちの変化だ。学習意欲や学び合いの姿勢が高まっただけでなく、プログラミングが身近なものになり、普段の生活の中で「これってプログラミングだよね」という言葉が飛びかうようになったという。そんな日常への気づきが得られることは大切な側面だ。
発表の中では、子どもたちがプログラミングをするために表現の手順や自分の考えを論理的に整理する様子が紹介された。プログラミングならではの思考ステップが教科で求められる論理的思考の相乗効果となっていることを感じさせられた。
トップダウンで行うべきことの提言も
別室では教育委員会や校長先生に向けて、船橋市総合教育センターの大澤幸展氏と杉並区天沼小学校の福田晴一校長からの発表があった。
船橋市総合教育センターの大澤幸展氏は「公式見解ではない」と前置きをした上で、教育委員会の立場からプログラミング教育のこれからの見通しについて講演した。
どの学校でも、どの先生でも、どの教科でもプログラミング教育が活発になるようにしたい。そういう仕組みを作っていくために、まず教育委員会内の組織を整え、指導課等の関係各課と連携していろいろな機会を通じて、プログラミング教育の魅力や必要性について共通理解を図り、コミュニケーションを取っていく必要があると述べた。また、一般教員には研修をただ受けてもらうだけではなく、核となる教員を育成する中で、研究授業等を通じて子どもたちの学ぶ姿を管理職や多くの教員が目にする機会をつくることを提唱する。
船橋市では今年度から、小学校情報教育担当者に研修を年2回実施し、まずプログラミング教育とはどういうものかを体験するところから始めるという。来年度以降はさらに指導教員の育成や校内での研究授業の実施、校長会との連携、教育委員会の組織固めなどを通じて、平成32年度からの新学習指導要領の完全実施に向けて現場に火をつけていきたいと意気込む。
続いて登壇した杉並区天沼小学校の福田晴一校長は、小学校長に対して、いかにプログラミング教育を理解・推進させるかをミッションにしている、と語る。
教育委員会にはプログラミング教育を推進するトップダウンの強制力を期待しつつ、教員の人事考課制度を活用することでプログラミング教育の現場を管理職である校長に伝えるという手法を提案する。教員が年度当初面接でプログラミング教育の実践表明をすることで、校長はその評価のために授業観察を実施する。これによって、校長がプログラミング教育と目を輝かせて取り組む子どもたちを目の当たりにするきっかけを作るというものだ。
さらに、校長会においても自主研修会や管理職養成研修の場において、教科研究より教科・領域を超えた研究の方に価値があると力説する。校長自身も新学習指導要領を読み解くなど、積極的にプログラミング教育にチャレンジするべきだと訴えた。
先生にとってのアプローチしやすいことの重要性
今回の「プログラミング教育明日会議」は、プログラミングを難しい箱に閉じ込めず、先生にとって取り組みやすい形で明快に授業にして見せた。ここ全体に貫かれていたのは「先生に優しい」という視点だろう。
実際、参加者の先生方からは「どんなことをするのかイメージが持てた」「あれはできそうな気がした」という感想を聞いた。
一方で、「もっと子どもに自由にやらせるようなことをイメージしていたけれど、こういう内容でもいいのかな」という感想もあり、おそらくもっと否定的な意見もあるだろう。プログラミングを学ぶには様々なアプローチと段階がある。
ただし、今回の催しに関して言えば、先生がプログラミング教育をスタートする心の壁を取り除き、入り口を大きく開いたことにこそ意味があったと言える。参加者も、プログラミングに詳しい先生ばかりではなく、まだ何もわからないところからまず知ろうと思って個人で参加していたり、学校や自治体の取り組みとして学ぶ必要が出てきたという先生など様々だった。
プログラミングを何か特別なものにして、特定の実践者の先生をスーパースターにしてしまっては、益々手の届かないものになってしまう。多くの先生が「これならできそう」と思うことは大切な突破口だ。
たくさんの先生がこのようなイベントを通じてきっかけを得て、応用とアレンジを加えながら最初の一歩を踏み出すことを期待したい。