こどもとIT
2020年度本格実施の小学校プログラミング教育、産学共同の授業研究がスタート
2017年7月19日 13:15
次期学習指導要領で必修化された小学校におけるプログラミング教育。2020年度の本格実施を前に、どのような授業を行えばよいのか、頭を抱える関係者も少なくないはずだ。
こうした課題に対して、小学生向けプログラミング教育事業を行う株式会社CA Tech Kids(代表取締役社長:上野朝大)と、小金井市立前原小学校(校長:松田孝)、国立大学法人東京学芸大学加藤直樹研究室(加藤直樹准教授)、株式会社アーテック(代表取締役社長:藤原悦)の4者は、小学校の理科の授業におけるプログラミングの効果的な活用・学習に関する共同研究を開始した。その第1弾として、2017年6月30日に前原小学校で小学6年理科の公開授業が開催された。
折しも、公開授業前の2017年6月21日には、小学校学習指導要領の解説が公示され、プログラミング教育についても方向性が示されたばかり。それもあって、公開授業当日は多数の教育関係者が来校した。解説に示されたプログラミング教育のねらいに対して、現場ではどのような実践ができるのか。本稿では、6月30日に開催された公開授業と、その後の研究協議会の様子についてレポートする。
各学校の裁量で進めるプログラミング教育
公開授業について触れる前に、2020年度から本格実施されるプログラミング教育について、本研究の取りまとめ役を担った株式会社CA Tech Kids代表取締役社長の上野朝大氏の話をもとに整理しておこう。
そもそも、プログラミングを学ぶ目的は何か。次期学習指導要領の解説においては、「情報活用能力の育成」と「コンピュータに意図した処理を行うように指示することができる、という体験をさせる」こと、この2点だと上野氏は説明する。
具体的な授業については、小学校でプログラミング教育が必修化されるといっても、コンピュータサイエンスのようなコンピュータを学ぶ教科が新たに設置されるわけではない。次期学習指導要領の解説によると、どの学年の、どの単元で、プログラミングを扱うかは各学校や教員の裁量に委ねられているのだ。
一方で、算数や理科、総合的な学習の時間など各教科のなかで、その特質に応じて行っていくことが決められている。つまり、「プログラミングだけを教えれば良いのではなく、教科に絡めて教えることが求められているので難しい」(上野氏)というのだ。ゆえに、現場教員への大幅な負担増加や、授業の在り方をめぐる混乱も懸念されるという。
こうした背景を踏まえて、「教科学習×プログラミング」の有効な実践事例の創出、ノウハウの蓄積を目指して、CA Tech Kids、小金井市立前原小学校、アーテック、及び小金井市と地域連携協定を結んでいる東京学芸大学の加藤直樹研究室の4者が連携したという。
上野氏は、「前原小学校での実践が、すぐに他の学校で使えるとは思っていない。それよりも、公開授業を通して、実践内容や課題を共有し、良い部分、悪い部分など議論しながら自分の学校で取り組める内容はどのようなものかを考えてほしい」と語った。
心拍センサーを使って、脈拍を測るプログラミングに挑戦!
公開授業で行われたのは、小学6年理科の「人の体のつくりとはたらき」を学ぶ単元でプログラミングを活用しようというもの。全3回の授業で、児童たちは前時2時間で脈拍についての知識を学び、3回目となる本時では、心拍センサーとStuduinoの基板を使って脈拍をはかるプログラミングに挑戦した。前原小学校の松田孝校長自らが教壇に立ち、授業が行われた。
最初は、前時に取り組んだ脈拍の平均値を測るプログラムを使って、今日の脈拍数を測るところから始まる。児童たちは一人につき1台のコンピュータが用意され、ビジュアルプログラミングツールの「Scratch」と心拍センサーを使って1分間の脈拍数を測定した。
続いては、脈拍の正常値が60~80であることや、100を超える「頻脈」がどのような状態であるのかを知り、「頻脈」を判断するためのプログラムを作るという課題に挑戦する。児童たちは、脈拍が100を超えたらLEDが点滅する、もしくはScratch上で音や色を変える、あるいは動きで表すなどのプログラムを組み立てていく。ただし、一からプログラミングを行うのではなく、予め用意されたプログラムに、児童たちが手を加えて完成させる形で進められた。
小学校の授業でプログラミングを扱う難しさのひとつに、児童のITリテラシーによって進捗に大きな差が出てしまうことが挙げられる。コンピュータが不得意な児童に教師一人がつきっきりにならざるを得ない状況もあり、全体を進めるバランスを取るのが難しい。こうした状況を予測して松田校長は「どんどんやりたい子」「友達と協力しながらやりたい子」「ゆっくりやりたい子」と3段階のグループに分かれて取り組むよう配慮したため、児童たちは、それぞれのグループに分かれて、自分のペースでプログラミングに取り組むことができた。
その後は、ゲストの先生を招いて同様のプログラムを応用したウソ発見器で楽しい時間を過ごし、授業の最後には、授業支援ツール「schoolTakt」を活用して感想を共有。児童たちからは、「プログラミングやセンサーを使って、体の状態が分かることがすごいと思った」「難しかったが先生や友達に教えてもらい理解できた。プログラミングを使って理科を学ぶと楽しみながら勉強できる」「結局、最後まで仕上げることはできなかった。次回に挑戦したい」「今までやってきたことのまとめみたいで、分かることが多く楽しかった」などが寄せられた。
プログラミング教育の普及には、支援員が欠かせない。
公開授業の後に開催された研究協議会で、松田校長は授業を振り返り、「子供たちが楽しんでくれてよかったが、なによりも機器がきちんと動いてほっとした」と率直な感想を述べた。プログラミングの授業では、まだまだ機器が動くかどうかが教師にとって一番の心配事だというのだ。
また授業準備についても、今回は共同研究ということもあり、「分からないことを聞ける人がすぐそばにいて良かった」と述べた。USBによるプログラムのインストールや機材のチェック、心拍センサーとStuduinoの基板などの接続、こうした準備を教師ひとりで行うのは難しい。今後プログラミング教育を広げていくためには、教師の授業準備を手伝う支援員が必要だと強調した。
さらに学習指導要領では、教科内でプログラミングを扱うことが示されているものの、最初から教科に取り入れるにはハードルが高いと指摘する。前原小学校では普段からICT機器を授業に活用したり、プログラミングで遊ぶ時間を設けるなど、そうした下地があってこそ、授業でプログラミングができているというのだ。
東京学芸大学准教授 加藤直樹氏は、「プログラミングをすることで教科の本質を学べる場面は、意外に多くある」と述べた。ただし、小3の内容をプログラミングで学ぶために、中2の内容が入ってくることもあり、どのような形で落とし込めるかが課題でもあるという。一方で、プログラミングを活用すると、理科であっても算数の知識が必要になるなど、教科横断型で学ぶことができるのはメリットだと説明した。
今回の共同研究で機材を提供する株式会社アーテックからは、取締役 東京支社長の福長正人氏が登壇。同社は、すでに多くの塾やパソコン教室に機材を提供し、実践経験も豊富だ。そうした経験を踏まえて福永氏は「学校外での取り組みではあるが、子供たちが試行錯誤しながら自ら考え、課題をクリアする姿をみている。学校でもこうした学びを実現してほしい」と述べた。アーテックでは、指導者育成を重要視しており、現在も全国的に指導者研修を開催している。
小学校の教科内で単元に合わせてプログラミングを扱う。この難題にどうやって挑むか、まだまだ課題は山積している。加えて、教科の中にプログラミングが入れば入るほど、授業のねらいが定まらず、プログラミングの捉え方に疑問を持つ教師が出る。それは当然であろう。
とはいえ、悠長な議論もしていられない。2020年はすぐそこで、来年度からは次期学習指導要領の先行実施が始まる。どの教員も“とりあえず、やってみる”という状況でプログラミングをスタートしなければならない。
そうした中で、現段階で大事なことは、ひとつひとつの実践で見えた課題に対して、それを改善できるように、教師が継続して取り組める体制を築くことではないか。今回のような、産学連携よる協力体制は、そのひとつの形であり他の地域でも実行可能だろう。多くの子供たちがプログラミングを学べるよう、関係者の連携がさらに求められる。