VR Watch
VRのキラーソフトは「ゲームエンジン」。ハシラス古林氏が、これからVR開発する人に伝えたい「作る楽しさ」
「VRコンテンツ開発ガイド 2017」特別インタビュー
2017年6月1日 11:37
株式会社エムディエヌコーポレーションから発売中の書籍「VRコンテンツ開発ガイド 2017」。VR Watchではすでに数回にわたって本書の試し読み記事をお送りしていますが、今回は著者の一人であり、本書の構成においても中心的な役割を担った古林克臣氏のインタビューをお届けします。
VRアトラクションの制作を一気通貫で行う株式会社ハシラスのCTOとして、VRコンテンツ開発の最前線で活躍する古林氏。本書のポイントや、VR開発の面白さについて語っていただきました。
古林 克臣
Unity・UE4エンジニア。CTOを務めるVRコンテンツ制作会社のハシラスでは、主にHTC Viveを使用したVRアトラクションを制作。「ソロモン・カーペット」や「Hashilus」新バージョンなどの制作に関わる。また、「フレームシンセシス」という個人活動名でも多数のVRコンテンツを制作し、VR体験会などで精力的に作品の出展を行っている。
Twitter:http://twitter.com/k0rin
https://framesynthesis.jp/
http://hashilus.com/
「2017年時点のVRコンテンツ開発」を切り取った本
――今回は、ハシラスCTOの古林さんと、「VRコンテンツ開発ガイド2017」担当編集の加賀谷さんにお越しいただきました。まず、この本を作る経緯についてうかがいたいと思います。
加賀谷氏:まず古林さんに打診して、ご快諾いただけたのが2016年8月でした。当時、複数の著者による共著で、VRコンテンツ開発についてバランスよく記述された技術書があれば良いのではと考えていました。
古林氏:当時は単著執筆のお話などもあったのですが、仕事をやりながら自分一人で書くのは厳しかったんです。加賀谷さんからは共著の話をいただいて、それならいけそうだ、と。お話をいただいた時はちょうどアドアーズさんの「ソロモン・カーペット」の開発もあったので、実際の執筆は12月からになりました。
――最初は加賀谷さんと古林さんの間でスタートしたのですね。古林さん以外の共著者はどのように決まったのでしょう。
加賀谷氏:VR技術については、古林さんのお知り合いで開発者の方が幅広くいらっしゃるということがわかったので、著者さんの選定からお願いしました。また、VRについて概観するChapter 1に関しては、以前に一緒に仕事をした西川善司さんに私からお願いしました。
古林氏:TwitterにはVRクラスタという形でVR開発者の方々が集まっていますので、そのつながりで、野生の男さん、izmさん、比留間和也さんたちにお願いをしました。本書の全5章の内容に関してはまず著者ありきで構成していますが、結果的には非常にバランスの良い構成になったかと思います。
Chapter 1で西川さんがハードウェアに関して押さえ、Chapter 2で僕がゲームエンジンを使った開発の基本について解説。Chapter 3は野生の男さんがVRゲームコンテンツ開発に関して経験を交えて語り、Chapter 4はizmさんによるVR動画アプリ作成、Chapter 5で比留間さんがWebVRと、2016年〜2017年初頭のVRコンテンツ開発の現状について幅広く切り取れているかなと思います。
加賀谷氏:構成のバランスの良さは、やはり実際に著者さんを探してくださった古林さんの貢献によるところが大きいですね。
――本書はどんな読者を対象にしているのでしょう。
古林氏:VRコンテンツ開発に興味はあるんだけど、その全体像がつかめないでいる、という読者を想定しています。前書きでも書きましたが、そうした読者に対して2017年時点でのVR開発のスナップショットを撮ろう、というつもりで作りました。
加賀谷氏:古林さんはこれが初の著書ですが、文章力があって、編集に手がかかりませんでした。前書きも、ほとんど直し無しです。
――苦労した部分、オススメの部分等はありますか。
古林氏:僕が担当したChapter 2で言えば、扱うゲームエンジンが2種類、ヘッドセットが4種類、普通にやると2かける4で計8パターンの解説が必要になってしまうので、ボリューム調整には試行錯誤しました。実際にVRアプリケーションを作る際のアプローチをもっと入れたかった部分もありますが、その辺りはChapter 3の野生の男さん担当箇所にお任せしました。
――Chapter 3は、ゲームコンセプトの策定から実際の開発、試行錯誤、同人イベントなどへの出展まで、これから個人で開発を始めるという人にとっては非常に参考になりそうな内容となっていますね。
加賀谷氏:Chapter 3の内容は西川善司さんの提案もありました。当初はChapter 2のさらに発展的な解説、という方向性だったんです。でも、野生の男さんは個人でゲームを作って公開してイベントなどでデモする、というところのノウハウを多くお持ちの方なので、こうした内容の方が良いのではないかと。このChapter 3のおかげでVR開発の全体像が見えやすくなったかと思います。個人的には、取り上げられているゲーム「The Gunner of Dragoon」がまだ製作中というところが良い気がします。開発ってこういうことだぞ、というのがわかるというか。
古林氏:「The Gunner of Dragoon」の初期は、WiiリモコンやLeap Motionを使っているんですよね。Wiiリモコンの先端に割り箸でLeap Motionくくりつけてモーションコントローラーにするとか、Oculus Rift初期の段階でこんなことを考え、しかも実際にやっていたというのはすごいです。
あとは、izmさんによるChapter 4(VR用パノラマ動画のUnity実装)はオススメです。これさえ読めば、360度動画アプリが作れてしまいます。360度動画はYouTubeにアップロードしたりもできますが、イベントやデモで体験してもらう場合など、アプリとしてパッケージングした方が便利なシーンは多いです。
――Chapter 5のWeb VRに関しても、Web上ではとっかかりになるようなまとまった情報が少ないので、かなり参考になりました。
VR開発の楽しさとは?
――古林さんはOculus Rift DK1がきっかけでVR開発に足を踏み込んだとのことでしたが、どういったところに魅力を感じたのでしょう。
古林氏:DK1を手にいれて、まず最初に有名どころのジェットコースターのコンテンツを体験してみたのですが、実は自分はあまりピンときませんでした。ところが、初めてUnityで3D空間にオブジェクトを置いて、DK1をかぶってVR空間にアクセスして感動しました。これは、自分で新しい「世界」を作れるんだと。次にVR空間に自動車を設置して、その運転席に座ってみて、「なんだこれ、すごい」と。そうして、最初に作ったコンテンツが「3D駐車シミュレーター」です。
そういう意味では、すでにあるコンテンツを楽しむよりも、「自分で世界を創造する楽しみ」に魅力を感じたと言えます。
――VRコンテンツを作る場合、様々な要素が必要になってきますよね。プログラムはもちろん、CGなどのグラフィック、効果音や音楽も必要。シナリオや脚本もそうだし、映画のような演出もいる。一人、あるいは少人数でVRコンテンツを開発する際に、ハードルが高くなりそうですが。
古林氏:実のところ、そういった諸要素を作るハードルはどんどん下がってきてますので、怖がる必要はないかと思います。
例えば、ちょっと前までは、3Dのゲームを作るハードルというがものすごく高かったんです。ところが、ゲームエンジンが登場することで、そのハードルが劇的に下がりました。例えば、本職はデザイナーなんだけど、ちょっとゲームエンジンを使ってプログラムを書いてみよう、というような人も増えました。
ゲームエンジンのおかげで、やろうと思えば一人で開発できるようになりました。そうすると、自分で色んなことをやってみたくなるんです。僕自身はプログラマーですが、ゲームで使うために音楽を作曲したり、絵を描いたりもしています。周囲のエンジニアを見回しても、ただプログラムを書くだけの人は今はむしろ少なくなっていて、絵を描いたり3Dモデリングしたり、といった多芸な人が多くなってきました。そうした人たちに刺激を受けて、自分自身も新たな分野に手を広げていく、というようなこともあります。
VRにおいてもそれは同様で、VRを介して様々な人が集まり、交流しています。プログラマーはもちろん、大学の研究者や、珍しいところではマジシャンなんていうのもいます。弊社の社長のことですが(笑)。そうしたいろんな経歴の人が集まるコミュニティが、Oculus Rift登場後に形成され、一緒に展示会をやったり、勉強会をやったりといった状況が生まれました。そうして、どんどんすごい人、面白い人が集まっているのが現在のVR界隈となっています。そうした人たちが集まると、みんな本当にいろんなことをやっているので、自分もやってみようかな、となるんです。同じ人間なんだし、できるかなと(笑)。
ちなみに、ハシラスもそうしたVRコミュニティから生まれた会社です。VRクラスタ内でコンテンツを作っていた方々で企業からの仕事をすることになり、これはもう会社にするしかないよね、となって設立されました。僕は少し遅れて合流したのですが。
これからVR開発を始める人に伝えたい。なぜ、VRに取り組むのか
――本書を読む前の第1印象としては、VR開発に参入しようとする企業ユーザーのための本なのかな、と思っていたのですが、実際に読んでみて、また、今回お話を伺って、個人で趣味でVR開発を始めようという人にもうってつけの本だと感じました。
古林氏:僕はわりと悲観的な人間で、実はVRが短期的に大きなビジネスになるかについては懐疑的なんです。本に書いたように、VRコンテンツはコンシューマーもロケーションベースも採算が取りづらいし、簡単じゃないです。また、最近はマイクロソフト、Google、Valve、Facebookといった大きな企業がVR・MRのプラットフォームを作ろうとしており、その中でどうやって生き延びていくかという感じもあります。
結局、いま私がVRコンテンツを作っているのは、面白いからです。自分で自由に世界を作れる。神様のように、自分の世界を作って好き勝手に法則を捻じ曲げられるのが面白い。
VR PARK TOKYOのアトラクション「ソロモン・カーペット」を作っていたわけなんですが、実は筐体込みの完成品をちゃんと体験できたのはオープン直前なんです。現地で体験してみたら「なんだこれ、すごい」ってなりましたね(笑)。
古林氏:人間の幸せって、新しい体験をすることにあると思うんですね。そういう意味では、VRは新しい体験を自分で作れるようになるわけなので、めちゃくちゃ幸せで、無敵なのではないかと。
よく、VR普及のためにキラーソフトが必要、みたいな話がありますが、僕としては「ゲームエンジンというキラーソフトがもうありますよ」と言いたいです。自分でVR世界を作る、それ自体が非常に面白いことなので、是非体験してほしいと思います。