1月下旬、速水優日銀総裁が今年度末の金融不安再燃を強く否定、金融庁が大手銀行の経営実態を独自の試算結果として公表するなど、日銀と金融庁が強力タッグを組んで「金融システム不安再燃説」の払拭に奔走した。が、金融当局が「安全宣言」の拠り所にしているデータには、重大な欠陥がある気配が濃厚だ。市場は早くもこの点に着目しており、大手銀行株の一角が不気味な下落を演じ始めたのは、その表れといえる。
●用意周到な総裁発言
「現時点で公的資金を再注入する必要があるという議論があるのは、私は行き過ぎだと思う。金融機関は、時価評価で株価が下がると3月期決算が難しいという声がある。しかし、これは皆さんご承知のように、大部分の大銀行は、時価評価で株価の調整をするのは9月からである」
速水総裁は1月23日の定例会見で、年度末の金融危機発生や大手銀行への公的資金再注入の可能性を問われ、こう答えている。9月中間期という特定の時期や、株価絡みの事象をとらえて市場にメッセージを送ることは、「金融当局の人間として絶対に避けなければならないタブー」(国際金融筋)とのセオリーからすれば、速水総裁の発言はまさしく異例中の異例と言える。
同総裁は、しばしば事務方の用意した「想定問答」から脱線することで有名。今回も総裁特有の「勇み足」とみる関係者もいる。しかし、同じ時期に金融庁が金融危機の懸念拭払に腐心したことを勘案すれば、記者が必ず質問すると読み、金融庁と歩調を合わせて事前に想定問答を用意した可能性が極めて高い。
●掴んだ数字は「グロス」
総裁会見の前日、金融庁の森昭治長官は、大手メディアのインタビューをこなす中で、同庁が昨年末に大手銀行にヒアリングした結果として「平均株価が1万3,500円の時点で時価会計を導入しても、各銀行は10%以上の自己資本比率を確保できる」と強調。金融当局が事実上の「安全宣言」を行ったことで、23日には<株1万1,000円でも「健全」>との報道(毎日新聞)まで飛び出した。
が、この「安全宣言」の基になったデータには重大な欠陥がある。
ふつう、この種のヒヤリングは、株式の運用を担当する部門を対象に行われるものだが、今回のヒアリングの対象となったのは、大手銀行の大半が経営戦略を練る「企画」部門。しかも、ある大手行の関係者によれば、「企画部門が金融庁に伝えたのは『グロス』の数字」という。
グロスとは言い換えれば「大雑把」な数値のこと。保有株式個々の実態を反映していない数字を基に、金融庁が「安全宣言」を出していたというのだ。
この銀行では、運用部隊が日々保有株の値動きをウォッチし、精緻な「ネット」の数値を弾き出している。各種のアナリスト・リポートで、同行は平均株価や東証株価指数(TOPIX)が下がっても含み益の減少は比較的小さいとみられている銀行だ。
しかし、ネットの数値から弾き出すと、同行でも「1万3,500円という水準は、経営の根幹が揺らぐレベル」(金融筋)という。換言すれば、このネットの数値は「時価会計が導入される来期に表に出さなければならないもの」(同筋)といえる。
別の大手行の運用担当者も、「安全宣言の拠り所は何なのか」と自らのネットの数値を見ながら首をかしげている。
●市場に不信感
こうした情報は、既に株式市場に伝わり始めている。大手行の中でも相対的に規模が小さく、各種アナリスト・リポートでも保有株式の含み損が生じているとされる複数の銀行だ。
ストップ安など分かりやすい形では表れていないものの、「他の銀行株と比べ出来高が突出し始めていることが、危機の一端を物語っている」(外資系資産運用会社)。
売り注文の主がどのような意志を持っているかは不明だが、「かつて金融不安が起きた際、売り仕掛け的に暗躍した外資系証券数社から出ている」(同)ことは確かだ。
安易なヒアリングで「安全宣言」を出した金融庁、9月まで大丈夫と異例の言及までしてみせた日銀。2つの金融当局が1月下旬に出した「安全宣言」は、かつて「大手行は潰さない」としたスローガン同様、新たな国際公約となった。
来期、ディスクローズされるはずの「ネット」の数値を前にした場合、当局者たちは果たして国内外の投資家にどんな説明をするのだろう。
■URL
・金融システム不安は消えたか?~なおもくすぶる“火種”
http://www.watch.impress.co.jp/finance/news/2001/01/26/doc1794.htm
(相場英雄)
2001/02/05
15:22
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