平均株価が6日続伸で一時1万4,000円台を回復した19日、市場関係者の肝を冷やす出来事が起こった。速水優日銀総裁が同日の政策委員会・金融政策決定会合で、資金供給策の拡充を検討するよう日銀当局に指示。この総裁指示を巡って様々な憶測が流れた。年度末の市場安定を意図したものだが、逆に市場を攪乱しているとの批判も高まっている。
●独り歩きする発表文
19日の金融政策決定会合は、大方の市場関係者が予想した通り、現行金融政策の維持という結論に落ち着いた。
例外だったのは、議長の速水総裁が、年度末に向けて資金供給策の拡充検討を事務方に指示したことだ。特に発表分の中で「金融資本市場においては、最近の海外経済・市場の動向に加え、年度末を控えているという要因もあり、やや不安定な動きがみられている」と触れていることが、憶測を高める直接の要因となった。
株式市場の現状は、6日連続で平均株価が上昇したとはいえ、「年初からの急落分をカバーするだけのショートカバー(買い戻し)が起こっただけにすぎない」(外資系資産運用会社)。本質的に「まだまだ日本固有の悪材料が払拭できず不安定な状態にある」(銀行系証券)といえる。「固有の悪材料」とは、大型の金融破綻の懸念など信用リスク問題の存在だ。
株価の急落により、大手銀行の保有株式含み益の大半がマイナスに転落。不良債権処理の原資が枯渇しかけている中で、「現在金融庁検査を受けている一部大手金融機関が、深刻な経営危機に直面している」(同)との懸念が広がっている時だっただけに、日銀の発表文が「何か具体的な個別事象に備えるものではないか」(外資系証券)との印象を与えてしまったわけだ。
●伏線となったヘッジファンドのポジション
唐突な総裁指示がこうした憶測を誘ったのには、伏線がある。
かつてのような力はなくなったものの、世界各国の市場で多大な影響を保持し続けるヘッジファンド(HF)のポジションだ。現在、一部の大手HFの日本株のスタンスは、1~2カ月の短期はロング(買い)で、3~6カ月の中長期はショート(売り)で、ショートの規模がロングをはるかに上回るという。
毎年1月は海外投資家の多くが新規に株式市場に資金を振り向ける時期で、日本株も例年上げるケースが多い。このため、「年初は上げムードに乗るように見せて、年度末にかけて表面化する信用不安、大型倒産の発生とともに混乱した日本市場で、株価の急落で巨額の利益を上げる」(市場筋)ことを狙ったものとの観測が根強い。HF勢のこうした動きを察知していた向きには、「日銀総裁の指示がファンド勢の動きと一致しているみたい」(外資系証券トレーダー)と映ったようだ。
●最悪のタイミング
速水総裁の指示に、日銀のある中堅幹部は「最悪のタイミング」と不満を漏らす。市場で高まりつつあった憶測を当然、日銀関係も承知していたため、「(総裁の指示が)市場のルーマー(噂)に裏付けを与えてしまったと思われても仕方がない」と苦々しい表情だ。
複数の日銀関係者によると、総裁からの指示は同会合の後半に「唐突」に議題に上ったという。会合を中座した総裁が永田町に出向いた際、与党関係者から何らかの示唆を受けたのではないか、と推測する向きもある。
速水総裁の指示について、日銀内では「特定の経営危機を念頭に置いたものでなく、ゼロ金利政策への復帰や国債引受への圧力をかわすため、『何かやる』という姿勢を示そうとしたのでは」(別の日銀中堅幹部)とみる向きが多い。
が、発表に臨んだ日銀幹部は「総裁会見まで、何も明かせない」の一点張り。真相は23日の総裁会見まで藪の中だが、換言すれば、総裁会見までの間、日銀は事実上説明責任を放棄した形となる。
加えて、市場関係者の間に芽生えた憶測が、独り歩きする可能性もある。経営危機に陥っているとささやかれている企業の株式が、強制退場を促すかのような売り注文にさらされるリスクだ。
年度末の市場を安定させようという日銀の本来の意図が、逆に市場の疑心暗鬼を募らせる結果になったのは間違いない。仮に総裁発議が「先手」だけを想定したもので、かつ特定企業の株価が急落するようなことになれば、日銀は重大な責任を負うことになろう。
■URL
・議長から執行部への指示について (日銀)
http://www.boj.or.jp/seisaku/00/pb/k010119b_f.htm
・株安で「実質国有銀行化」も~3月期控え高まる金融不安
http://www.watch.impress.co.jp/finance/news/2001/01/18/doc1702.htm
(相場英雄)
2001/01/22
12:30
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