ナナオは「高かろう、良かろう」というブランドをユーザーに納得させて根付かせた希有なメーカーだ。だから、ナナオの新製品にある程度、みんなが憧れと期待を持って視線を注ぐ。実際、ナナオ製品はハイエンドユーザーはもちろん、各業界で活躍する多くのプロが愛用している。
しかし、そんなブランドイメージを持つナナオも、いつもハイエンド製品ばかりを出しているわけじゃない。一般ユーザーが買いやすい製品だって出している。直近では、マルチメディア対応型液晶モニター「FORIS FS2331」が思い起こされる。"ナナオ・クオリティ"と呼ぶに相応しい、解像感強調機能、遅延抑制性能といった高いマルチメディア対応能力を持ちながら44,800円の価格設定は、ユーザーに衝撃を与えたものだ。
そして、今回発売された「FORIS FS2332」は、あのFS2331直系の後継機だ。
価格は、驚きの39,800円(EIZOダイレクト販売価格)。
「値下げモデル?」と思った人もいるだろうが、実は先代FS2331よりも格上の製品(!?)となっているのだ。
先代のFS2331はよくできたモデルだった。筆者個人の感想だが、現時点においても十分に競争力のある商品だと思う。それを踏まえた上で今回のFS2332を見ていくことにしたい。
まず、液晶モニターの根幹部位である液晶パネルだが、FS2332ではフルHD(1920×1080ドット)解像度のIPS型液晶パネルとなった。オーバードライブ回路を搭載しているので動画応答速度も高められている。
先代FS2331はフルHD解像度のVA型液晶パネルだった。VA型は垂直配向液晶と呼ばれるもので、階調性のリニアリティや黒表現に優れる特長がある。一方、FS2332に採用されたIPS型液晶は、In-PlaneSwitchingと呼ばれる構造で液晶分子を横電界駆動する方式だ。IPS型液晶では、画素セル内の液晶分子が全て同じ方向に整列しながら、表示面に対して平行に回転する構造となっているため、TN型液晶やVA型液晶のような、光が進む方向軸に対する液晶分子の傾き(光の遮蔽)の差がほとんどない。これが、視線角度に依存した見え方の違いが少ない(すなわち視野角が原理的に広い)という特長に結びついている。
映像機器のスペックとして語られる「視野角」というのは映像が映像として見える範囲のこと。視野角という意味においては、FS2331もFS2332も上下左右178°なので変わらない。しかし、"同じ視野角"スペックであっても、FS2332のIPS型液晶パネルの方が、画面全域において視線角度に起因する色調変位が非常に少ない。つまり画面全域で発色が安定して見えるということだ。これは、例えば、同系色表現が広い面積に及ぶようなアニメやCGなどを見ることで、色乗りの感じを確認すると分かりやすい。
そして、グラフィックス製作などのデザイン作業やデジタル写真のレタッチなどにおいても、この安定した発色性能は威力を発揮する。IPS型液晶ならば、今、選んだ色や塗った色が、画面内の位置によらず、あるいはユーザーの視線の傾き加減によらず、"揺らぎのない"発色を示してくれるからだ。
なお、一応、筆者お気に入りの先代FS2331をフォローしておくと、FS2331に採用されたVA型液晶の方がノーマリーブラック特性(駆動電極の電圧オフ時に、液晶分子が光にほとんど影響を与えないことから、偏光板で理想的に光を遮断できる特性)のため原理的には黒の締まりがいい。実際、FS2331の方がネイティブコントラスト性能は優秀で、FS2332の1000:1に対し、FS2331は3000:1となっている。
では今回のFS2332の方はコントラスト感や階調性能が良くないか…というとそんなこともない。これについては後述しよう。
さて、FS2332では、液晶パネルタイプの他に、もう一つ、根幹部分が変更されている。それはバックライトだ。
先代FS2331ではバックライトにCCFL(Cold Cathode Fluorescent Lamp:冷陰極管)が採用されていたが、今回のFS2332では白色LEDのバックライトが採用されている。このLEDバックライト採用により、最大消費電力がFS2331の約45Wから約34Wに、パーセンテージにして約25%低減されている。
表現可能な色域に関しても、CCFLベースのFS2331と同じsRGB相当をカバーできている。
最近の白色LEDは、白色光の発色品質が非常に良くなっていて、フルカラー表示させたときにも雑味のない色味が出る。FS2332も赤、緑、青の純色がとても伸びやかで、黒に沈む直前にまでちゃんと色味が残っており色深度がとても深い。肌色の発色も良好で、特に白に近い肌色の「透き通るような透明感」が素晴らしい。なお、肌色はプリセット画調モード(カラーモード)を「Cinema」にした時が特に美しかった。単色から黒のグラデーション表現や2色混合のグラデーション表現も、共に非常に滑らかだ。これはLEDバックライトの効果というよりは、10bitのルックアップテーブル(LUT)を用いた多ビット・ガンマ補正演算の効果が出ているのだろう。
なお、FS2332では、映像の平均輝度を元にしてLEDバックライトの輝度を自動調整する「コントラスト拡張」機能が搭載されている。これはいわゆる動的バックライト制御ともいわれる機能で、例えば、暗い映像の時にはバックライト輝度を落として黒浮きを低減しつつ、引き締まった黒を表現してくれる。この効果により、FS2332は、コントラスト感に優れたVA型液晶パネル搭載のFS2331に比べても遜色ないレベルの暗部階調表現と黒表現が行えるのだ。
こうした、卓越した基本画質性能があることから、先代のFS2331と同様に、オプションのカラーマッチングツール「EIZO EasyPIX」が利用できる。ナナオはこのEIZO EasyPIXを、ちゃんと調整色が正確に発色できるディスプレイ製品にしか対応させないポリシーがある。逆に言えば、EIZO EasyPIX対応モデルは「高画質モデルの証」ということもできる。39,800円のモデルとはいえ、FS2332には上位モデルを喰うほどのポテンシャルがあるのだ。
先代FS2331にも「Power Resolution」というシャープネス強調による解像感強調機能が搭載されていたが、今回のFS2332では、EIZO独自の超解像技術「Smart Resolution」として賢く生まれ変わった。
超解像とは、入力された映像が「本当はもっと高解像度だったのに、何かが原因でこの解像度になってしまった」と、前向きかつ好意的な仮定をして、その失われた解像感情報を予測して復元しようとする高画質化処理のことだ。
先代FS2331のPower Resolutionは、480p/720p/1080iといった1080p以下の映像に対して解像感を強調することができ、しかも「グラデーション表現には適用しない」「ディテール表現に対して効果的に適用する」といった賢い処理系が組み込まれていた。FS2332のSmart Resolutionは、その賢さをさらに推し進めた形態が実装されていると思ってもらっていい。
超解像とは、ある1画素に着目して考えると、その周辺の画素からの連続的な階調や色の変化を見極めて、そこに独自の推論(ここが各社のノウハウ)を働かせて、その変化を補正したり、鮮鋭化させるような処理が行われる。この際に問題となるのが「ノイズまでを鮮鋭化してしまい、ざらつき感が強調されてしまう」「映像全体が一様に鮮鋭化されてフォーカス感や立体感が損失してしまう」といった現象だ。
前者の「ノイズ感の強調」問題に関しては、Smart Resolutionでは、入力映像の解析をさらに進め、着目している階調や色の変化に「ある程度のノイズ成分が乗っているかもしれない」と仮定して、「ノイズ成分」と「ぼやけ量」を分離して演算処理するようになっている。つまり、もともと乗っていたノイズ成分は強調せず、解像感の足りない情報のみに対して超解像処理を施すのだ。
実際の映像では、例えばフィルム撮影されたブルーレイ映画などを視聴した際に恩恵を享受できる。フィルムグレインの粒状感の味わいは、従来型の超解像処理では、不用意に強調化されてノイジーな映像になってしまうことがあったが、Smart Resolutionではこの部分においてはオリジナル感が維持される。なお、この「ノイズ成分推定」処理はHD映像だけでなくSD映像にも効果があるのでDVD映像などに対しても効果があることを特記しておこう。
後者の「フォーカス感や立体感の損失」問題についても、Smart Resolutionでは同様に映像の解析を深く掘り下げて行うようになっている。具体的には、映像を解析して、フォーカス感を把握し、焦点の合っている箇所とそうでない箇所に分離し、それぞれに対して適切なレベルでの超解像処理を行う。これにより、焦点の合っている箇所においては映像のディテール感が強化され、焦点が合っていない元々ボケ気味の箇所に関しては不用意な先鋭化を避ける画作りがなされる。
この「フォーカス適応型」処理は、実際の映像で確認しても、賢い動作を実感できる。例えば野生動物の映像などで、カメラが動物に合焦しているとすると、その近景側と遠景側のボケ味はほとんどいじられず、合焦している動物の毛並などのディテール感は先鋭化される。映像の主題のディテール感だけが増し、それ以外の情景のオリジナル感は維持されるので、まるで視力が向上したような映像効果が得られるのだ。
そして、こうした2つの適応型処理系だけでは難しい、好みや活用スタイルにまで踏み込んだ超解像処理の補正支援機能も搭載されている。
まずは「肌補正」機能。これは前出のフォーカス適応型処理の結果として「超解像を掛けるべきだ」と判断された箇所においても意図的に超解像処理を減退気味に調整する機能だ。人間の顔の肌は、つるっとした透明感があるほうが美しいとされる。この機能を有効化すれば、人肌の肌理や陰影の強調を避けることが可能になるのだ。実際の映像で確認してみると、この肌補正機能を活用しないと、超解像を強めに掛けている時は、合焦している人物の顔の鼻の穴が濃いめになったり、シワが強調されたりする。確かに肌補正機能オン時のほうが、アイドルやグラビア女優なども美人度が高く映る。
肌補正:OFF | 肌補正:ON |
そして、あと2つ、「動画領域補正」機能と「文字補正」機能は、特に、PC画面上でネット動画を楽しんだりするユーザーに特に嬉しい補正支援機能になる。
「動画領域補正」機能は、画面内の動画部分にだけ超解像処理を効果的に適用する機能になる。これは、画面内の動きのある領域を検出して超解像レベルを操作するアルゴリズムとなっている。
「文字補正」機能は、逆に、画面内の文字領域に関しては超解像処理を和らげる補正を行うものだ。これは超解像処理によって、文字外周が不用意にぎらつくことを防止する効果をもたらす。
文字補正:OFF | 文字補正:ON |
実際にデスクトップ画面でWebブラウザを立ち上げて動画を閲覧してみると、動画ウインドウ内の映像が強く先鋭化され、Webページの文字コンテンツのフォントには、ほぼ超解像がノンタッチとなり、1ドット単位の漢字フォントの交差線や穴("野"という字にある左上の"田"の中味とか)がちゃんと維持されているのが確認できる。ちなみに、面白かったのは、デスクトップのアイコンや写真のサムネイルなどは映像として判断されて、ちゃんと超解像が効いてくれるところ。ファイル名の文字フォントは滲まずオリジナル状態で見え、サムネイルは鮮鋭度が増すので、大量のデジカメ写真をサムネイル表示して、選択閲覧/編集する時なんかにもこの機能は応用できるかも知れない。
FS2331の直系の後継と言うことで、マルチメディアモニターとしての接続性や、ゲームモニターとしての潜在能力はそのまま引き継がれている。
HDMI入力は2系統を搭載。HDMI機器やPCとの接続に対応している。HDMI経由の音声入力にも対応しているので、HDMIケーブル一本でFS2332で映像と音声の再生が可能だ。そう、FS2332はスピーカーも内蔵しているので単体で音声再生もOKなのだ。
PC入力はアナログRGB接続のD-Sub15ピン端子と、デジタルRGB接続のDVI-D端子を1系統ずつ備えている。FS2332にはミニステレオジャックのアナログ音声入力端子も備わっているので、PCからの音声をFS2332で再生することもできる。つまりHDMI接続機器だけでなくPCでも映像と音声のFS2332単体再生が可能ということだ。
PCが2台、HDMI機器が2台、総計4台の機器を接続できるわけだが、その入力切換は、FS2332本体にいちいち手を伸ばさずとも、付属するカード型リモコンで行える。[PC]ボタンは2系統のPC入力の、[HDMI]ボタンは2系統のHDMI入力の切換に対応している。
ゲームモニター向け機能としてまず、ゲームファンが気にするのは表示遅延性能だ。
例えば、ネット対戦などにおいて、各プレイヤーのモニターの表示遅延量は、そのゲームに参加する全てのプレイヤーに対して課せられる、止むことのない逆風みたいなものだ。これの「多い/少ない」がプレイの有利不利に常について回る。
そして、ナナオは、モニターメーカーの中では、もっとも早くから低表示遅延の機能を重視してくれたメーカーだ。この低表示遅延機能に関しては筆者も、細かい意見や要望をナナオに出したことがあり、その要望をいつも迅速に次期モデルに取り入れてくれた。ナナオは、こうしたユーザーに対する要望に早く応えすぎるので、時々、販売されているモデルラインナップの上下関係がおかしくなることもあるが、そこはそれ。ナナオの実直さだと思っている。
話がずれたが、FS2332も、相変わらず納得の業界最速クラスの表示遅延1フレーム以下を達成しているので、格闘ゲーマー、音楽ゲーマーも安心だ。超解像処理などを適用してもこの値は変わらないので、高画質に遠慮する必要はない。
また、FS2331を評価したときにも触れたが、公称表示遅延は1フレーム以下だが、映像信号が処理されて液晶パネルに表示が始まるまでの信号遅延は、フレームレート60fps時にわずか0.1フレームというという超低表示遅延が実現されている。
今回は「ストリートファイターIV」をプレイしてみたが、連続技入力のレスポンスもばっちり。前述したオーバードライブ回路の効果もあってジャンプ攻撃で飛び込んでくる敵の攻撃も目で追いやすい。価格が下がっても、ゲームモニターとしてのポテンシャルもFS2332はナナオ・クオリティのままだ。
ゲームジャンルごとに、映像を見やすく調整したPower GammaモードもFS2331に引き続き、搭載されている。なお、映像にメリハリ感が欲しいときはPower1モード、ホラーゲームのような暗い映像にはPower2モードがお勧めだ。
もともと完成度の高かったFS2331の機能を強化して、画質も向上させて、消費電力も下げて、価格も下げてしまったのだから、これはヒット商品の予感がする。筆者はVA液晶のFS2331の画質も好きだったが、「IPS液晶のFS2332」というブランディングは、一般ユーザーウケもいいはずだ。
冒頭でも述べたが、FS2332は本体のみで39,800円。これでも十分安いのだが、ナナオはEIZOダイレクト限定商品としてお買い得な48,800円セットを用意している。
1つは「カラーマッチングツール EIZO EasyPIX」をセットにしたもの、もう1つは「液晶保護パネルとクリーナー」をセットにしたもの、そして最後がJBL製高品位ステレオ・スピーカー「CAS-33」をセットにした「JBLスピーカー」セットだ。
今回、CAS-33スピーカーの評価も行えたのでこれについても触れておこう。
CAS-33は1ユニットあたり、φ75mmのアルミ製コーンウーファーとφ19mmのドームツイーターからなる2WAYスピーカーだ。
実際に出力音を聞いてみたが、そのボディサイズからは想像できないほどのパワー感と粒立ちの良い高音域が出ており、音楽鑑賞などにも十分堪えうるクオリティだ。しかもドンシャリ感や残響効果でごまかさない、解像感と定位感のしっかりした音質は"いかにも"という感じのJBLサウンドになっている。イメージ写真ではFS2332の左右真横に置いているが、やや離して置いた方がステレオ感やワイド感が強調されて臨場感が出ると感じた。ユーザーとなった暁にはぜひ試してみて欲しい。
JBL CAS-33 | CAS-33の入力端子 | CAS-33はヘッドホン出力端子も備える |
CAS-33の接続端子はアナログステレオ入力が2系統(うち1つはピンジャック、もう一つは赤白RCAピンプラグ)あるので、2台までのPCやAV機器を接続できる。FS2332のヘッドホン端子とCAS-33のステレオミニジャックに接続するスタイルにしてしまえば、FS2332側で鳴っている音声をCAS-33側でパススルー再生ができる。この接続方式ならば、PS3とFS2332をHDMI接続しただけで、PS3とCAS-33を別途接続せずとも、PS3のサウンドをCAS-33で直接再生できる。なるべくシンプルに接続したいユーザーにはお勧めだ。
セットで購入したほうが、単品でCAS-33を購入するよりも1万円以上お得になるので、FS2332内蔵スピーカーで満足出来なさそうなHiFiユーザーや、「FS2332の高画質に見合うサウンド」が欲しいこだわり派は、「JBLスピーカー」セットの方も検討していただきたい。
(c)CAPCOM U.S.A., INC. 2010, 2011 ALL RIGHTS RESERVED.
トライゼット西川善司大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。AV WATCH誌ではInternational CES他をレポート。GAME WatchではPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。ブログはこちら。近著には映像機器の原理を解説した「図解 次世代ディスプレイがわかる」(技術評論社:ISBN:978-4774136769)、3Dゲームグラフィックス技術の仕組みをまとめた「ゲーム制作者になるための3Dグラフィックス技術」(インプレスジャパン:ISBN:978-4-8443-2755-4)がある。 |
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