西田宗千佳のイマトミライ

第95回

LGはなぜ「スマホ撤退」を選んだのか

4月5日、LGエレクトロニクスの携帯電話事業撤退が発表された。日本でも長く色々な端末を発売してきたが、同様に撤退となる。すでにLGより、今後のサポートの方針についても情報が公開されている。

LG、携帯電話事業から撤退

スマホ事業撤退のLG、日本でのサポートはどうなる?

LGはなぜスマートフォンを軸にした事業を撤退するに至ったのか? 今回はそこを分析してみたい。

変わり種も多数、一時はトップグループだったLGのスマホ

LGのスマホといえば、ユニークな機能・ボディのものを思い浮かべる。2つ折りならぬ2枚のディスプレイを使ったもの、湾曲したディスプレイを使ったものなど、色々な製品を出していた。

LG VELVET L-52A」

ドコモ、デュアルスクリーン対応「LG VELVET L-52A

海外市場ではディスプレイが回転する2画面スマートフォン「LG WING」も出していたし、今年のCESでは巻き取り型ディスプレイのスマホもチラ見せしていた。結局、LG WINGは日本では出なかったし、巻き取り型は出荷される前に事業が終了してしまった。

LG WING

6インチの曲面ディスプレイ搭載「G Flex」

LG、ディスプレイが回転する2画面スマートフォン「LG WING」

1月のCESでの、LGエレクトロニクス・プレスカンファレンスでチラ見せされた「巻き取り型」ディスプレイを採用したスマホ。結局出荷されることはなかった

LGは一時、同じ韓国のサムスンと並び、スマホ大手の一角といっていい存在だった。Googleが自社ブランドスマホ「Nexus」シリーズを他社から調達していた時代には、「Nexus 4」「Nexus 5」「Nexus 5X」として連続採用されたこともある。

Nexus 4

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グーグル、5インチスマホ「Nexus 5」とAndroid 4.4

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日本でもNTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの大手3キャリアが採用することも多く、メジャーなメーカーの一角だったと言っていい。

急速にシェアを落としたLGのスマホ事業

そのLGが、なぜ撤退を選ぶことになったのか? シンプルにいえば、同社のスマートフォン事業の収益が赤字続きだったからだ。

2013年には「世界三大スマホメーカー」の一つと言われたものだが、調査会社Counterpoint Technology Market Research の調べによると、2020年の段階では、世界シェアは2%程度だった。同じ韓国のサムスンは世界シェア1位で20%、年間2億5,500万台以上を製造販売しているのに対し、LGは2,470万台に過ぎない。LGは2015年度以降、スマホ事業で赤字であり、長期低落傾向にあった。特に2019年は台数を30%も減らしている。

調査会社Counterpoint Technology Market Research の調べによる2019年と2020年のスマートフォン世界シェア

2020年から「撤退もしくは事業売却」との噂は根強く、CESでローラブルスマホがチラ見せされた時も、「これは本当に世に出せるのか」と悲観的な見方をする関係者も少なくなかったのが実情だ。

どうして厳しくなったのか? シンプルにいえば中国メーカーとの競合に敗れた、と言っていい。前掲のランキングを見ればわかるように、現状、スマホで中国メーカー以外を探すと、大きなシェアを維持できているのはサムスンとアップルだけ。特に中位モデル以降では、中国メーカーの生産力との競合が厳しい。

状況が分けた「ソニー」と「LG」のスマホ事業

前掲の表を見ると、日本メーカーはすでに世界市場で見ると、1社も表舞台には出てきていない。

実はここが重要な点だ。

スマホで中国メーカーとの競争が厳しいのは今に始まったことではない。そこで「販売台数の大きな市場で、数を作って戦う」のかそうでないのかは、スマホメーカーとしての浮沈がかかる、重要な判断になっている。

特に比較したいのがソニーモバイルとの関係だ。

家電メーカーとして、スマートフォンは個人との接点であり、他の製品との連携もある。できれば強い事業として残したいのは、どこも同じだ。AVにしろ家庭向けにしろ、「総合家電メーカー」的に世界展開する企業は、もはや数える方が少なくなった状況だ。韓国ではLGとサムスンが、日本ではソニーがそれにあたる。

ソニーモバイルも、一時は世界的にブランドがよく知られていて、世界中の市場へと多くの台数を売ることを選んでいた。だが、実情はLG以上に厳しく、スマホ世代になった2000年代末以降、一度も大手の一角になったことはない。そんなソニーが販売台数の絞り込み、すなわち、中国やアメリカといった「台数が出る大規模市場」からの実質的な撤退を開始したのは、2015年のこと。構造改革には実に3年以上の時間がかかり、モバイル事業はつい先日まで「好調なソニーの中で大きな赤字を出し続ける要素」となっていた、

日本を中心とした、ブランド価値を維持できている市場のみを残した絞り込みが完了し、製品戦略をミドル・ハイからハイエンドの少数にし、事業での単年黒字を達成したのは2020年度のことだ。

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LGはソニーよりずっとスマホ事業が堅調だったし、世界での販売力もあった。

だが、それだけに「世界で数を追う」体制をあきらめるまでに時間がかかったのだろう。なにしろ、同じ国内にはサムスンという巨大なライバルがいるのだから。

そして、そのサムスンの存在こそが、ソニーとの明暗を分けた。

世界シェア同様、調査会社Counterpoint Technology Market Researchの調べによれば、2020年の韓国国内でのスマホのシェアトップはサムスン。実に65%を占めるという。2位はアップルで、これが20%。LGは母国でも、シェア3位(13%)に甘んじている。

ソニーモバイルは、2020年度の国内スマホシェアは4位(7.6%、MM総研調べ)だが、これは販売で苦戦している……という状況以上に、低価格モデルを止め、他社にシェアを譲った部分が大きい。いまだにブランド力は強く、ウェブメディアにおいても、スマホの記事でよく読まれるのは、iPhoneをのぞくとXperia、AQUOS……という状況にある。

もし、韓国国内や他の国で、LGが強いブランド力を維持し、「ハイエンドスマホだけでも売る」ようなことができていれば、事業を縮小均衡で残すこともできたかもしれない。だが現状、それはなかなか厳しい。Xperiaが残れているのは、LGより先に台数を減らしたことと、その結果として「多少事業的に厳しくても、残した方がプラスになる」と判断されているから……という部分がある。

メーカーとして考えると、ソニーにしろLGにしろ、「スマホ向けデバイス」の製造の方がビジネスパイはずっと大きい。ソニーはスマホ向けイメージセンサーが強く、LGはディスプレイパネルでなんとかやっていけている。それにしても、中国・韓国に強力なライバルがいて、楽観できる状況にはない。

超強力なブランド力と商品展開力で、大量にハイエンドを売るアップルと、低価格モデルからハイエンドまでを、やはり同様に強いブランド力・商品開発力で大量に売るサムスン。

このモデル以外だと、中国での販売台数を背景に、世界中で数を出すことを前提とした中国メーカーには太刀打ちできないのが、今のスマホ市場だ。その中で隙間を縫ってやっていくには、市場もモデルも限定して、損しないレベルでやっていけるような「小規模戦略」を採らざるを得ない。そして、規模が小さいということは、儲けも小さいということに他ならない。

ソニーは構造改革の末、「儲けは小さいが、それなりにアイデンティティが出るものをとにかく事業継続する」ことを選べた。うまくやったというより、結果的にそうなって落ち着いてきた……といった方が正しいだろう。LGは、戦うことから逃げられぬまま、結局縮小均衡を選べないところにきてしまった。

もしかすると、ちょっとしたタイミングや状況の変化により、両社の選択が違っていた世界というのもあり得たのではないか。そのくらい、「上位に来れない中国以外のスマホメーカー」は厳しい時代になっているのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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