「使いやすさと」と「美しさ」の境界面

arrows SV F-03Hに込められた
「人に寄り添ったデザイン」とは

一時期のスペック競争が一段落し、近頃は実用的な性能と割安な価格を押し出したいわゆる“ミドルクラス”のスマートフォンが台頭してきている。NTTドコモの2016年夏モデルとして7月6日から発売された富士通の「arrows SV F-03H」もその1つ。2015年に登場した同じくミドルクラスのarrows Fit F-01Hの後継に当たる製品だ。

世の中にミドルクラスのライバルが少なくないなか、継続的に同カテゴリーへスマートフォンを投入してきている富士通は、今回どのような考えで最新のarrows SVを仕上げてきたのだろうか。小型・薄型化が進み差別化が難しくなってきているハードウェアデザインの側面から開発に携わった、2人のデザイナーに話を伺った。

“寄り添う”デザインのarrows SVとは?

「板」に宿るオリジナリティとは

最新技術の塊とも言えるスマートフォンだが、パーツに分けて考えると、ディスプレイ、メモリ、カメラ、各種センサーなど、基本的な構成部品はどの機種にも共通している。個別に性能の差はあっても、似たような部品を用い、手に持てるサイズで薄型のものに、というと、必然的に形状も同じようなものになりやすい。ましてや低価格に抑えるべく開発されたミドルクラスのスマートフォンともなると、他社製品との差別化要因はさらに絞られてしまうことになる。

したがって、性能面で突出した違いを出しにくいミドルクラスのスマートフォンでは、外観デザインが差別化のポイントとしてより一層重視されることになるだろう。arrows SVのチーフデザイナー、吉橋氏は、スマートフォンについて「たかが"板"の世界」であると表現しながらも、「個性や質の良さを訴えるにはどういうアプローチを取るべきか」といったデザインコンセプトが最も重要になると語る。

「たかが板」にどれだけのオリジナリティをこめられるか

機種名の“SV”は「Superior Value(高価値)」あるいは「Special Value(特別な価値)」という意味を込めたもの。エントリーユーザー向けの印象が強かった前モデルのarrows Fitから質感やデザイン性をさらに向上させ、ミドルクラスにありがちな“安っぽさ”を排除し、arrows Fitとフラッグシップモデルの中間に相当するハイグレードなものに仕上げることを目指した。「モノへのこだわりがある人、モノを買う時にデザインをきちっと見極めて買う人を想定しました」と吉橋氏。

富士通デザイン株式会社 サービス&プロダクトデザイン事業部
チーフデザイナー 吉橋健太郎氏

原石を磨き上げるように
作り出したスマートフォン

では、arrows SVのそのデザインコンセプトとは何なのか。吉橋氏は「鉱石」と「スカルプチャー(彫刻)」の2つをキーワードとして挙げた。「宝石や鉱石は土から掘り起こした時はガタガタだけれど、人間が手を加えることによって美しい形が浮かび上がります。それと同じように、ゼロからスマートフォンをデザインしていったら、つまり彫刻の職人がスマートフォンという原石を道具で磨き上げていったら、どういうデザインになるのか」。それが今回のarrows SVのコンセプトであり、「ストーリー」と言い換えても良い。

この「スカルプチャー」や「磨き上げる」という部分は、arrows SVの最も特徴的な上下左右の側面に見ることができる。左右はアルミ素材が用いられ、耐傷性に優れたハードアルマイトが施されている。ここはデザイナーの渡邊氏いわく「“痛い”と感じるようなものではなく、柔らかい形にして、手にもった時にしっくりなじむもの」を目標に試作を繰り返した部分。断面は正円のラウンド形状とし、前面と背面のどちら側を下にして置いてもすぐに取り上げやすいよう、ラウンドの中央にピークをもってきている。

アルミ素材が用いられた端末の左右フレームは、曲面が正円となるラウンド形状とすることで、表裏、どちらを下にして置いても指がかかりやすく、持ち上げやすくなる

「今回は、幅広いユーザーにまず手に取ってほしいと思い、もっとも手が触れる部分に金属を使うという発想がありました」と渡邊氏は語る。手で持つ際に金属の冷たさを真っ先に感じることで、「ひんやり感=高級感」みたいなものが直感的に脳に伝わることになる。表面はブラスト処理でマットな質感としていることもあり、「見た目だけでなく触感でも品質の高さを感じてもらえる」工夫を盛り込んでいる。

富士通デザイン株式会社 サービス&プロダクトデザイン事業部
担当デザイナー 渡邊剛士氏

アルミ素材に加えた“ひとすくい”の工夫

また、フレームの上下部分には、擦り傷などが付きにくいウルトラタフガードを施した樹脂素材を採用している。この樹脂素材の断面はスクエア形状に近いものとなっており、フレームの左右部分とのつなぎ目では“ひとすくい”の窪み(削り込み)が入ったアルミ素材と違和感なく連結させている。なにげない窪みに思えるかもしれないが、ここにも富士通ならではのUX、UIに対するこだわりがある。

フレームの上下部分は電波の性能と軽量化を重視した樹脂素材。面取がされており、側面の金属素材とはイメージも異なる

アルミ素材と樹脂素材の切れ目には、このようにアルミ素材部分に“ひとすくい”が入り、異素材同士を自然につなげている

「スマートフォンはいろいろな機能を搭載しているので、機能ごとにいろいろな持ち方をすることがあります。特に、横向きにして四隅で支える“カメラ持ち”の時は、削ってある“ひとすくい”の部分でしっかり把持できるようにしています」と渡邊氏。「握りやすいからといって(厚みや大きさが増す)グリップ形状にするとか、全く質感の異なる滑らないラバー素材は使いたくなかった」とし、「形状の工夫で、いかにさりげなくお客様が使いやすいようにできるか」を追求したのだという。

“ひとすくい”の削り込みがあるおかげで、四隅を指先で持つ“カメラ持ち”も安定する

しかも、ひと手間かけてこの削り込みを設けたことで、結果的に高級感が出ることにもつながった。「アルミ自体にちょっと形状を入れるだけで、アルミの良さとか、緻密な精度感みないなものが表情として出てきます。もしこの形状がなかったら、プラスチックでも全然いいくらいですね」と、吉橋氏もこのアルミ素材に加えた“ひとすくい”の窪みについてこだわりを口にする。「意思のある形状と持ちやすさをリンクさせることによって、金属の表情を最大限に活かせました」。

鉱石を割った面をイメージした表・背面デザイン

窪みを設けたアルミ素材に見られるように、“磨き上げる”という人為的な加工だけでなく、arrows SVには自然な“鉱石”のような表情と、それにまつわるストーリー的なものもデザインとして組み込まれている。それは、「パーン!と鉱石を割った時、きっとこういう断面が出てくるだろう」(吉橋氏)というイメージを元にデザインされた。

表面はCorning Gorilla Glass 3のディスプレイガラス、裏面はハードコート加工が施された透明なアクリル素材。どちらも強度や耐傷性に優れた素材を用いている。

背面はアクリル素材。鉱石を割った時のようなデザインとした。ゴールドは粒子状の質感が表現されている

さらに「背面の鉱石に人が手を加えることで、待受画面で宝石のプロダクトとして見れますよ、というストーリー性を出している」と吉橋氏。背面の“割れた”原石の断面イメージと、宝石のようなグラフィックの待受壁紙がストーリーとしてリンクしている。

壁紙は磨き上げた宝石のようなデザインとしている

「金属は柔らかく」「樹脂は硬質に」
矛盾から生まれた融合

渡邊氏は、今回のarrows SVをデザインするにあたり、「自分の中では裏テーマがあったんです」と笑う。それは、「金属は柔らかく、樹脂の部分はシャープで硬く見せて、見た目と材料の性質を反対のイメージにする」というもの。本筋ではない“裏テーマ”とはいえ、これに挑戦したおかげで、本来はなじみにくい金属と樹脂をうまく融合することにも結び付いたのだという。

確かにその通り、arrows SVの側面の金属と樹脂は、一見すると全く同じ色、同じ素材に見え、全体として統一感のあるフォルムをなしている。しかし吉橋氏は「アルミとプラスチックとで素材が違うので、色や質感が完全に同じになることは絶対にない」と話す。では、どうして金属と樹脂がなじんでいるように見えるのだろうか。

「アルミとプラスチックの色をぴったり合わせるのではなく、組み上げた時に全体としていかにバランスよく見えるか、というところでチューニングしています。例えば一眼レフカメラは、ボディ全体が黒だけど、その実、いろいろな黒がある。グリップのゴムっぽい黒と、ボディの樹脂や金属のつや消し黒など、その組み合わせでカッコ良く見えたり、質が良く見えたりする」と吉橋氏は語る。

トータルバランスを考えて側面の素材の色味や質感を調整した

渡邊氏も、「樹脂部分を金属に合わせて(同じラウンド形状にするなどして)作ってしまうと、質感の違いが明らかに分かってしまったと思う。逆に樹脂部分をシャープ(なスクエア形状)にすることで、アルミに“寄り添ってくる”ようになりました」と説明する。

スマホからスパコンまで
富士通のデザイン・フィロソフィ

arrows SVを細部までしっかり観察したり、以上のような話を頭に入れて使ってみれば、そこに込められた独自のコンセプトやアイディアを理解できるはずだが、それでもちらっとだけ見た場合、他に似ている機種があるという印象をもつ人もいるだろう。しかし吉橋氏も渡邊氏も、その点を意識したことは全くなかったという。

「他の機種に似てる似てないという話になると、世の中のスマートフォン全部が、デフォルトの形状としてはみんな一緒なのかなとも思います。液晶テレビやクルマのセダンと同じです。だから我々からすると、そこは全然意識していない。スマートフォンが薄くなり、デザインする余白が少なくなるなかで、いかに我々としてのオリジナリティを出すか。今回は“ひとすくい”の凹みを含め、arrowsらしさとしての“人に寄り添う”というところにアプローチしました」と吉橋氏は説明する。

試作時は側面のパーツだけでなく背面パネルも色違いなどで多数作成し、トライ&エラーを何度も繰り返したという

arrows SVには、すでに何度も出ているこの“寄り添う”という要素がさまざまな意味で反映されている。もっと分かりやすい言葉に言い換えるとすれば、「お客様の使い方から発想して生み出したもの」(吉橋氏)ということになるかもしれない。「ユーザーの使い方からきちんと検証して、そこからできるだけ“形”にメッセージとして込めていく」という、富士通のデザインにおけるフィロソフィを言葉に落とし込んだものでもある。

富士通のデザインにおけるフィロソフィとは何か。ご存じの通り、富士通はスマートフォンだけでなく、ノートPCやデスクトップPCに加え、サーバーシステムから巨大なスーパーコンピューターまで、幅広い分野の機器を製造している。「我々がスマートフォンをデザインしている同じフロアで、ちょっと離れた席ではノートPCをデザインしていて、またその隣ではスーパーコンピューターのデザインをしている人がいる」(吉橋氏)という環境だ。

そのなかでも最も人に近い、“人に寄り添う”ものはスマートフォンだろう。サーバーからスーパーコンピューターと巨大な機器になるにつれ“人”からは離れていくと思うかもしれないが、例えばスーパーコンピューターは薬剤の開発に役立てられていることもあり、影では“人に寄り添う”役目を担ってもいる。「プロダクトの違いはあれど、一貫したつながり感のあるデザインを行っているのが富士通という会社」(吉橋氏)なのだ。“寄り添う”デザインがarrows SVという人に最も近いスマートフォンにあらゆる面から反映されるのは自然なことだった。

アルミにはこだわらない、将来のarrowsシリーズ

とはいえ、技術もトレンドも進化し移り変わっていくなか、そうした“寄り添う”デザインも将来的にはどんどん形を変えていくことになるに違いない。だとすれば、arrows SVで採用されたメタル素材をメインに据えたデザインは今後のarrowsシリーズの主流になるのだろうか、それとも全く違う素材やコンセプトで開発されることになるのだろうか。

渡邊氏は将来のarrowsシリーズについて、「薄く小さくなっていくスマートフォンに対して、強い(そのサイズに最適な)素材をあてていくのは自然な流れ。金属にするにしても、樹脂で塗装するにしても、強くて目新しいものができるのであればどちらでもいい。適材適所で素材を割り当てていく」と力を込める。

吉橋氏は、「素材の選定も含め、お客様の使い方から答えを導き出すべきだと思っています。決してアルミが全てにおいて良いというわけではない」とし、「買い替えサイクルが長く、スマートフォンを長く使うようになってきていることを考えると、必然的にこういう飽きのこないデザインになるのかな」とも話す。

大切なのは、ユーザーが求めているものに柔軟に対応しつつ、富士通らしさ、arrowsらしさをデザインに込めて製品の価値を高められるか。少なくとも今回のarrows SVは、富士通として現時点で最もユーザーにarrowsらしい魅力を訴求できるデザインに仕上がった製品であることは間違いない。

(Reported by 日沼諭史)

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