年間980円と格安の更新ライセンス料で話題の、総合セキュリティ対策ソフト「キングソフト インターネットセキュリティ2007」。初の本格的な中国発のソフトウェアという意味でも注目されている。さらに、11月1日からは、Microsoft
Office互換で4,980円(税込)という「キングソフト オフィス2007」のβ版のダウンロードが開始された。
今回は、このキングソフト株式会社の代表取締役であり、すでにソフトウェア業界に携わって20年という広沢一郎氏に、ソフトウェア業界の10年前とこれからについて聞いた。
■ 『ソフトベンダーTAKERU』のソフト収集担当として各社にアクセス
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キングソフト株式会社
代表取締役:広沢一郎氏 |
──INTERNET Watchが開始された、1996年当時はどうされていましたか?
広沢 私は当時『エクシング』という会社にいまして、『ソフトベンダーTAKERU』という、パソコンソフトの自動販売機の事業を担当していました。そのころちょうどはじまったISDN回線でパソコンのソフトをダウンロードして、全国に置いた自動販売機でフロッピーディスクに記録して、その場で販売するという事業でした。ご存じないですよね(笑)。ディープな方は記憶にある方もいらっしゃるかもしれません。
──『ソフトベンダーTAKERU』は、ソフトウェアのダウンロード販売という、当時としては画期的なシステムでしたね。
広沢 その当時から、パソコンソフトはカセットテープやフロッピーで売られていたわけですが、ディスク自体は同じで中身だけが違う。店頭では売れる物はすぐ品切れになってしまうし、売れないものは売れずにそのまま返品されるという、いわゆる“流通のロス”が多いという問題がありました。そこで、必要なときに必要な内容をフロッピーに記録して販売したら、在庫の問題が解決できるんじゃないか、という発想で行っていたのがこの事業でした。もともとミシンで有名な『ブラザー工業』が1986年にスタートさせた新事業で、途中1994年にエクシングに引き継がれて、1997年まで続きました。私が携わったのは1989年から終了までなので、10年前の1996年は『ソフトベンダーTAKERU』の終盤ということになりますね。
──なるほど。1989年からソフトウェア業界に携わって来られたわけですね。事業の終盤では苦労もあったのではないですか?
広沢 終盤といっても、それほど深刻な雰囲気でもなかったんですよ。1995年
12月にWindows 95が発売になって、パソコンが急に売れはじめた次の年だったので、パソコン業界全体が非常に明るくて、とにかくWindows
95対応のソフトを出せば割とよく売れてました。あのころほど、OSの切り替わりで“トクした”ことはないですね(笑)。今までMS-DOSで発売していたものを、ただWindows
95対応にしただけで、またもう一度売れるという、非常にオイシイ時代でした(笑)
──Windows 95は、インターネットに簡単に接続できるようになったはじめてのOSでした。
広沢 まだADSLがなくて、たいていの人はダイアルアップでしたね。家の細い回線で『ホワイトハウスにつながって音声ファイルが聞けた』というだけで、すごいすごいと言っていた時代でしたから。僕はインターネット業界というよりソフトウェア業界の人間ですので、とにかくあの時期はOSが変わってソフトがよく売れたなという印象です。
──10年前だと、ソフトのとらえられ方も今とは違ったかもしれませんね。まずはソフトを買って作業する、という時代だったと思います。
広沢 あのころはまだ、パソコンを買っても、あまりすることがなかったですよね。今のような『メールとインターネット』という使い方はまだ主流ではなかったと思います。どちらかというとアプリケーションの力の方が強かったですね。
まずパソコンを買うと、ワープロソフトや表計算ソフトを入れて……あとはゲームとか年賀状作成ソフトもですね。今まで家ではできなかったことができるようになった、非常にパソコンに“夢”があったころだと思います。
──1996年ごろに、『今後インターネットの世界が拡大して、すごいことになる』というような予感はありましたか?
広沢 なかったですね(笑)。
逆に、これは絶対流行らないって思いました。こんなに遅くて快適じゃないものに、3分10円も取られるなんて、という気分でした。
そのころ、FAXを使って情報を取り出す『FAX BOX』というシステムがあったんですよ。新聞の広告なんかで、“詳細はこちら”というようにFAX
BOXの電話番号が書いてあって、FAXは普通はこちらから送るものだけど、逆に向こうから送られてくるシステムです。インターネットはこのシステムの代わりになるぐらいかなと思ってました。
回線にしても、アメリカではつなぎ放題だと聞いても、日本ではそうなりそうになかったですし、なにせ1986年からパソコンに携わっていると、あのころの感覚ではパソコンは絶対普及しないと思いましたね。
だって、パソコンを買って何をするかというと、ワープロと、年賀状作りと、ゲームぐらいだったんですね。そうすると、それぞれ日本語ワープロ専用機があり、プリントゴッコがあり、ファミコンがあり、それを全部買いそろえてもパソコンの1/2~1/3の価格で済んでいたので、実際パソコンを買うのは理系の学生でプログラミング好きしかいなったですから。
『パソコンが趣味』という人だけがパソコンを使うという時代が長く続いたので、“いずれ流行る”と言われてもね……。FM TOWNSが登場して“マルチメディアパソコン”と騒がれても、いっこうに流行る様子もなかったし……一般の人がパソコンを触る時代は来ない、と堅く信じてました(笑)
──今の社長のお姿からは想像できないですね(笑)実際に手応えを感じたのはいつごろですか?やはりADSLの登場からでしょうか。
広沢 やはり、Yahoo!BBですね。あれが街で配られはじめたころです。あれがまだ1万円ぐらいだったら考えが変わらなかったでしょうけど、3,000円台で使えるようになった瞬間に、来ると思いました。いろいろ言われていますが、やはりADSL契約の月額利用料を3,000円台に下げて価格競争を始めた功績はあると思いますよ。あれがなければ今のような回線の価格競争も起きなかったでしょうし。
■ 『違法コピーされるぐらいならタダで配布』という驚きの戦略
──価格競争という意味では、キングソフトも似ていますよね。ウイルス対策ソフトやオフィス互換ソフトなど、特に価格面で風雲児的な感じを受けます。
広沢 我々も、それぐらいしないと、中国発のITにはネガティブなイメージこそあれ、『それはすごいね』とは言ってもらえないので、まず試してもらう必要がありました。
『インターネットセキュリティ』にしても、『キングソフト オフィス』にしても、後発です。それも、がっしり既存の流通チャンネルは固められてしまっているので、あまり入る隙間がないなと感じました。特に、価格を安くすればするほど、間に入る人にとっては落とせるお金が少ないということで、これまで高額なソフトでHappyにやってこられた方に、安いものをどうですかと勧めても、合理的に考えれば『そんなのいらない』と言われるのは目に見えていましたし、実際そうでした。
そこで、直接ユーザーにアピールするしかないな、という消去法的な意味合いもあって直販を選択しました。これは積極的に行ったという面もありますし、そうするしかなかったという面もあります。
──ところで、広沢社長とキングソフトの出会いのきっかけは?
広沢 1997年に、当時の取引先だった伊藤忠にさそわれて移ったあと、事業が子会社化されたのに伴い独立して、1998年から『マグノリア』というゲームソフト会社を7年間やってきました。そうするうちに、キングソフトを紹介されまして、見てみたら主力製品はセキュリティソフトとオフィスソフト、そしてオンラインゲームでした。
日本でこれらの市場が大きかったこともありますし、オフィスソフトに関しても、マイクロソフト・オフィスの互換を作ってると聞いたんです。まだα版の状態でしたけれど、見せてもらったら非常にできがよかったので、日本側から、キングソフトを日本で起こしたいと提案して、実現したんです。
──中国から進出というよりも、日本から提案した形だったわけですね。やはりセキュリティソフトという売れ筋ソフトがキングソフトを持っていたことが大きかったのでしょうか。
広沢 いえ、むしろオフィスソフトの構想があったのでおもしろいなと思ったんです。セキュリティソフトはすでに他社でもいろいろ発売してますし、オンラインゲームも中国の歴史に根ざしたものだったので、すぐに日本で発売できるというものではなかった。オフィスソフトがなかったら、設立を提案していないでしょうね。
──広沢さんは、個人的には中国との関わりが何かあったんですか?
広沢 まったくないですね(笑)。いまだに中国語もしゃべれませんし、向こうにも仕事で年2回行く程度です。時差もないし、日本語の通訳もたくさんいるので、あまり困らないですね。
キングソフトは、中国ではオフィスソフトは個人は無料で配布しているんですよ。どうせ値段をつけても無断コピーされてしまうんで、だったら無料にしてしまおうと(笑)。ですから法人は有料、個人は無料なんです。
個人に無料で使ってもらえれば、会社でも同じものを使いたい、ということになって、採用も増えますし。そのために個人は最初からあきらめている状態ですね。
どうせ街で違法コピーを150円ぐらいで買われるぐらいなら、一度でも弊社のWebサイトに来てもらって、フリーとはいえど正規版を手にしてもらう経験をしてもらおうと思ったんです。中国では、オフィスソフトはこれまで3,000万ダウンロードされてます。3,000万、という数字は日本じゃなかなかたたき出せない数字ですよね。
──どうせコピーされるから無料に、というのは目から鱗が落ちる、斬新な発想ですね……。
広沢 中国では、お金がちゃんと取れるのは法人とか官公庁だけだという現実ありきの発想ですね。現在は省庁レベルだと過半数、マーケット全体で見ても約2割ぐらいのシェアがあります。
■ オピニオン層を失望させないソフト作りを目指したい
──さて、では話を未来の方に向けましょう。
広沢 お話したように、あんまり先を見通せる方ではないんですが(笑)
──それでも、その時代その時代で、着実に消化して形にしている感じを受けます。
広沢 いやぁ、びっくりの連続ですよ。対応は後手後手だと感じていますね。インターネットがこんなに流行るとわかっていれば、何か別のことも考えたと思いますね(笑)。キングソフトも先手を打ったというわけではないですが、現状を考えるとこれがベストだろうと思います。
──ソフトウェア業界にとってもこの10年間は激動の10年だったと思うのですが、広沢さんがとても自然体で乗りこなしているのが印象的です。広沢さんとしては、10年後はどうなっていると思いますか?
広沢 なんとなく、10年後もたぶん今とあまり変わらないだろうという気がしてしまうんです。少なくともITの環境がそんなに変わるかというと、もうここまで来ると多少回線が速くなったところで、さしたる違いは起きないのではないかと。
あえて言えば将来的にはアプリケーションが全部Web上に乗るかもしれない……というぐらいですかね。自分で持つPCは入出力デバイスだけで、すべてはサーバー側にあって、繋いではじめて動くようにすれば、パソコンを盗まれようが落とそうが被害は少ないですし、サーバーのセキュリティさえしっかりしていれば、管理もしやすくなるでしょう。ワープロにしろ何にしろ、すべてその中で行われる形ですね。
──シンクライアント(Thin Client)化の構想は、以前から話題になっていますよね。
広沢 ただ、そうは言っても、現在1,300万台のパソコンが出荷されていて処理している情報量を、すべてサーバーが代用するのは現実的には難しいでしょうね。それにそこまでやって、そこまでのメリットがあるかというと疑問です。
インターネットがある・ない、ダイヤルアップとADSL、のようなドラスティックな環境の違いはもう10年先にはないんじゃないかと思います。
──もうすぐ発売されるはずの、Windows Vistaについてはどうですか?
広沢 雑誌やWebサイトのWindows Vista特集などは見てますが、“これを買ったらこんなことができるようになる!”というような、驚きがないという感じですね。……何かありますか?
──いえ、広沢さんは何か見いだしているかなと思いまして。
広沢 いや、見いだしてないですね。 Windows XPが出たころもあまり驚きはなかったですが、あのころは安定性が増すという意味で期待が高かったですし。Windows
XPでOSがだいぶ安定して、ユーザーにとってもあまり不満がなくなってきたんじゃないかと思いますね。
──Windows Vistaに向けて、キングソフトでなにか仕掛けようとしていることはありますか?
広沢 OSが切り替わるとパソコン業界は活性化してきましたので、非常に期待してますよ(笑)。思わぬ効果が出ることに期待したいですね。もちろんWindows
Vistaでも安定して動くことをしっかりチェックして、漏れのないようにしていきたいです。
──広沢さんは、OSはどうあるべきだと思われますか?
広沢 あくまでOSはOSなので、堅牢にしっかり動いてくれればいいと思うんです。OS側にミュージックプレーヤーなどいろいろなソフトが追加されても、それは本質的にはOSを改良したことにはなりませんよね。OSはあくまでOSなので、いろいろなアプリケーションが動きやすかったり、作りやすかったりしてほしいと思います。シンプルでセキュリティ度が高くて、安定して動作すれば、それでいいんじゃないでしょうか。
──なるほど。OSには純粋にOSとしての進化をしてほしいということですね。
広沢 アプリ屋としては、OSはあくまでアプリケーションを動かすためのオペレーションシステムなんだから、OSの中にアプリケーションが詰め込まれた状態はあんまり望ましくないとは思いますね。
ユーザーの利便性を考えればいろいろなアプリケーションが入っている方がいいようにも感じますが、結局それがソフトウェアの競争をなくしてしまって、ユーザーがいいソフトを使う機会を逃してしまっているかもしれない。だからこそ、OSはシンプルであってほしいと思います。
──では、最後に、Impress Watchの読者にメッセージをお願いします。
広沢 Impress Watchの読者の方々は、非常によくご存じの“オピニオン層”だと思います。キングソフトとしても、できればImpress
Watchの読者の方々のようなコア層に喜ばれる製品を作っていきたいというのが狙いです。
我々は、ソフトウェアはまずコア層に受け入れられて、そこから一般層に広がると思っているため、Impress Watchの読者層を非常に意識しています。実際にコア層のみなさんに受け入れていただいて話題になるよう、みなさんのようなオピニオン層にご満足いただけるようなソフト作りを今後も目指していきたいと思います。
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