DTMは激変の時代だったが……



 Impress Watch誕生10年とのこと、まずは「おめでとうございます」。私も、長いことAV Watchを書いてきた気がしているが、AV Watchはまだスタートして5年。AV Watch誕生10年まではまだ半分の道のりと考えると、途方もない先のように思えてしまう……。


一読者であったPC Watch、Internet Watchの創刊時

SC-88Pro
 その10年前のWatchを振り返ると、完全に一読者であった。私の使っているメーラーはAL-Mailなのだが、そのバックログを見ると、ちょうど10年前から残っており、一番古いところで96年8月31日のPC Watchの「CASIO QV-100リコール」というものがあった(Windowsの再インストールなどによって、それ以前のものは消してしまったようだ)。サラリーマン時代、Internet Watchは会社での購読、PC Watchは個人で購読していたのだ。その10年前のWatchの記事をパラパラと見つつ、また兼業のライターとして書いていた10年前の雑誌をめくると、当時の出来事などがいろいろと浮かんでくる。

 当時から仕事も趣味もDTMにドップリと使っていたのだが、そのころの新製品として話題に上っていたのがRolandのGS音源、SC-88Pro。また、その競合としてはYAMAHAのXG音源、MU80やMU50、またKORGのNS5Rといったものがあった時代だ。そうまさに、外部接続のMIDI音源全盛の時代である。MIDIの打ち込みが流行っていたのもちょうどそのころ。Windows95によるパソコンブームに乗って、音楽制作をPCで行うことに興味を持つ人も登場しはじめたのだ。その少し前までのDTMはPC-9801のMS-DOS上で利用することが中心で、カモンミュージックのレコンポーザあたりが主流であったが、そのころを境に、Windows環境へ移行していったのだ。


10年前にDAWの原型となるものが生まれてきた

 ちなみに、今は亡きComputer Music Magazine(電波新聞社発行)の96年10月号を見てみると、表3に入っている広告はRolandによるCakewalk Professional 3.0。Rolandが最初に扱ったCakewalkのソフトウェアだ。「プロの感度、軽快な動作性、多彩な表現力。このシーケンス・ソフト……デキる」というキャッチコピー。そう、当時はまだDAW=Digital Audio Workstationなどという言葉はなく、こうした音楽制作用のソフトはMIDIをコントロールするためのMIDIシーケンスソフトであったのだ。今から振り返れば、本当に原始的な時代である。また、実はPCの性能やOSに変化はあっても、20年前からその時点までは「MIDIをコントロールするだけ」、という意味で、大きな進化はなかったのだ。しかし、その10年前を起点にして、今までにDTM環境は激しく変化してきた。

 その変化の兆しは、そのComputer Music Magazineの付録CD-ROMの収録ソフトからも見て取れる。体験版ソフトとして、シーケンスソフトのレコンポーザ for Windows、Cubase Lite、Singer Song Writer for Windows、Vision for Windowsといったものがある一方で、Sound Forge 3.0と波形編集ソフトの初期のころのソフトがあったり、Samplitude Studio、Cakewalk Pro Audio 5.0(英語版)、Cubasis AudioといったDAWの原型的なものがある。ようやくオーディオをPCで扱い始めたころであり、結構苦労したことを思い出す。そう、その付録CD-ROMにはオーディオトラックがあり、読者のMIDIデータの投稿作品をオーディオ化して収録していた。そんな作業を私が行っていたのだが、当時はPCのパワーが非力で、オーディオを録音したり、編集するのに非常に時間がかかった。しかも、それをCD-Rへ焼くのにも倍速とか4倍速のドライブを使っていたため、時間がかかったし、Buffer under runなんていうエラーにも泣かされた。また、そのDAWの原型的なソフトでMIDIとオーディオの両方が扱えるとはいっても、あまり現実的ではなく、MIDIトラックにWAVファイルを無理やり貼り付けていっしょに鳴らすといったもので、そのタイミングを合わせるのも大変だった。ASIOドライバもWDMドライバもなかった時代なので、レイテンシーが非常に大きな問題となっていたのだ。

 一方、YAMAHAが歌楽というソフトシンセを搭載したカラオケソフトを出したり、WinGroove、FPDといったオンラインソフトのソフトシンセが話題になっていたのもその時期。前述のSC-88 Proなどがかなり高価だったのに対し、これらのソフトシンセを使えば、音質的にはイマイチだけど、とにかく安価にMIDIが楽しめるということで、注目されたのだ。当時はVSTもDXiもAUもない時代。こうしたソフトシンセが、その後主流になるとは誰も考えていなかったけれど、そのころに現在のDAWの基礎となる技術は揃いつつあったわけだ。


その後に登場したCubase VSTがDTMを大きく変えた

Cubase VST
 その後、DTMに革命を起こしたのは独SteinbergのCubase VSTだったといっていいだろう。現在、YAMAHA傘下にいるSteinbergが、まだ独立系のソフトハウス時代にリリースしたCubase VSTは、当時あったさまざまな技術を集約して、すべてをパソコンの中で完結するというDAWの概念を打ち出した。確かにSound ForgeなどでDirectXによるエフェクトのプラグインはあったし、前述のとおり、ソフトシンセはあった。またMIDIとオーディオの両方が扱えるソフトも存在はしていたが、それらをすべてまとめて、VST=Virtual Studio Technologyとしてスタジオをバーチャルに実現できる、としたこのソフトが登場した意義は大きかった。レイテンシーが極めて小さく、複数ポートのオーディオ入出力を同時に扱えるASIOドライバが同時に登場したのも画期的だった。

 ご存知の通り、Cubase VSTはその後、Cubase SX、そして現在のCubase 4へと進化を遂げるとともに、SONAR、Logic、DigitalPerfomer、ProToolsなどが背景の違いはあるとはいえ似たソフトへと進化してきたのだ。

 いま思い返せば、DTMは10年前から3、4年前までが変化が激しく面白い時代だった。DAWとして性能が向上する一方で、オーディオインターフェイスは16bit、44.1/48kHzが標準だったのが24bit/192kHzのマルチチャンネルへと変化するとともに、手ごろな価格で入手できるようにもなってきた。また非常に強力なエフェクトが数多く出てくるとともに、Prophet-5やDX-7など往年の名シンセをソフトウェアで再現するソフトシンセが多数登場したり、さらにはMP3やAACなどのオーディオ圧縮技術が融合してくるなど、楽しいことがいっぱいだった。

 それが、ここ数年の動きを見ていると、もう出るものは出尽くしたという感じで、変化はプッツリと止まってしまった。もちろん、高性能なものが安価で入手でき、しかも非常に安定したシステムになったということは喜ばしいことではあるが、驚くようなことがなくなってきたのは残念に思う。ぜひ、またこれはすごいと感じる画期的なものを楽器メーカーが打ち出してくれることを願っている。

藤本健
リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。



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